夜中にアイスを買う自由
「買って来ますよ」
アイス食べたい、なんてほとんど意味のない未紅の独り言に、雅伸は大真面目な顔で振り返った。
短編相模雅伸,紺野未紅,高葉ヶ丘
面目
最後の夏は、多少なりともドラマチックに終わるものだと思っていた。
竜光は誰もいなくなった部室で、捕手向けと褒められた大柄な身体を丸めてプラスチックコンテナからキャッチャーマスクを拾い上げる。
短編富島彩人,森貞竜光,高葉ヶ丘
生き止まり
焼香の順番を待ちながら、僕は教え子の遺影をぼうと見つめた。
卒業してから二ヶ月しか経っていないのに、眼鏡も髪形も変えた君は随分と大人びて見えた。
短編300ss,壮花,新田侑志
黒が劣勢
弱モードでも夜中の換気扇はよく響いて、気遣い虚しく妻が起きてきてしまった。
「禁煙って約束したのに。私もこの子もどうでもいいんだね」
妻はまだぺちゃんこのお腹を撫でながら恨みがましく言う。
短編300ss,早瀬琉千花,永田慶太郎,高葉ヶ丘
傘を咲かす
未紅は雨に濡れて帰るのが好きだ。むやみにテンションが上がる。みんなが傘を差しているほど手ぶらなのが楽しくなってしまう。
シンギンザレイン。普通に生きていて、服ごと濡れる機会が他にあるだろうか? ゲリライベントは全力エンジョイに限る。
短編相模雅伸,紺野未紅,高葉ヶ丘
運想
壁にかかる60インチ4Kテレビ。為一は新居のフローリングに座って真っ黒な画面を眺めている。
結婚しよう――たった一言で二年に及んだ同棲は終わった。三つ上の彼女を喜ばせるはずだった幻想のために。
短編300ss,八名川為一,高葉ヶ丘
アヤメ
「杜若くんっていうんだ! あたしはアヤメだよ」
五条あやめの自己紹介は唐突だった。中学一年の春、杜若颯太は彼女にどう返事をしたのか思い出せない。
短編五条あやめ,壮花,杜若颯太
香花
「ちょっと杜若に頼みがあって」
薫は杜若の机に弁当がないのを再確認して、ガラスの小瓶を見せた。四角い容器の半分ほどを、琥珀の液体が満たしている。
「祖母の形見整理してたら出てきたんだけど。箱とかもないし、何の香りなのかはっきりしなくて」
短編壮花,小春野薫,杜若颯太
眠罪
眠るように息を引き取る、とはよく聞くが、男は死ぬように眠りにつく。意識を失う際に喉を掻きむしる。
短編300ss,富島彩人,高葉ヶ丘
忌み枝を抱く
建て替えた桜原家に初めての春が訪れた。見下ろす桜も心なし初々しい。父が生まれた記念に植えられたものだから、本当は皓汰よりずっと年上なのだけれど。
短編三住椎弥,桜原皓汰,高葉ヶ丘
この突き刺さる青の小さな破片ひとつでも
九回裏はなかった。後攻の相手校が三回に二得点を挙げ、先攻の高葉ヶ丘は一回から九回まで〇点を連ねた。熱い攻防もなく奇跡的な逆転劇もなく、侑志たちにとっての夏季大会は淡々と幕を閉じた。
短編井沢徹平,新田侑志,高葉ヶ丘
眠れぬ夜に
「雅伸くんって、お薬ないと絶対眠れないんですか?」
妻の質問は実に唐突だったから、雅伸はシートから押し出した錠剤を床に転がしてしまった。
短編相模雅伸,紺野未紅,高葉ヶ丘