短編

空論を廻す

声高に配慮を求めてトラブルになってしまう生徒がいる、と皓汰にこぼしたのは、一月二日の午後だった。
元旦に実家に戻って翌日の義実家。今に比べればおおらかに帰省ができた頃だ。
侑志と皓汰のいる和室には火鉢。炭が爆ぜていた。部屋の隅まで届ききらない丸いぬくもりから外れないよう二人で身を丸めていた。

櫻にカナリヤ

【中編】
桜原皓汰、二十九歳。都会にぽつりと残った古い家で父と二人暮らし。
このまま、なんとなく滅んでいくのだと思っていた。家も、親父も、俺も。
そんなある日、父の応援する選手が引退会見で婚約を発表。お相手はどうも――皓汰!?
嘘だらけで、とても優しい、苦しまぎれの愛の唄。

面目

最後の夏は、多少なりともドラマチックに終わるものだと思っていた。
竜光は誰もいなくなった部室で、捕手向けと褒められた大柄な身体を丸めてプラスチックコンテナからキャッチャーマスクを拾い上げる。

生き止まり

焼香の順番を待ちながら、僕は教え子の遺影をぼうと見つめた。
卒業してから二ヶ月しか経っていないのに、眼鏡も髪形も変えた君は随分と大人びて見えた。

傘を咲かす

未紅は雨に濡れて帰るのが好きだ。むやみにテンションが上がる。
みんなが傘を差しているほど手ぶらなのが楽しくなってしまう。
シンギンザレイン。普通に生きていて、服ごと濡れる機会が他にあるだろうか?
ゲリライベントは全力エンジョイに限る。

運想

壁にかかる60インチ4Kテレビ。為一は新居のフローリングに座って真っ黒な画面を眺めている。
結婚しよう――たった一言で二年に及んだ同棲は終わった。三つ上の彼女を喜ばせるはずだった幻想のために。

アヤメ

「杜若くんっていうんだ! あたしはアヤメだよ」
五条あやめの自己紹介は唐突だった。中学一年の春、杜若颯太は彼女にどう返事をしたのか思い出せない。

香花

「ちょっと杜若に頼みがあって」
薫は杜若の机に弁当がないのを再確認して、ガラスの小瓶を見せた。四角い容器の半分ほどを、琥珀の液体が満たしている。
「祖母の形見整理してたら出てきたんだけど。箱とかもないし、何の香りなのかはっきりしなくて」