神成岳志

「うなされていたな」
「らしいな。どんな夢だったか内容も忘れたっていうのに」
「忘れられる悪夢の方が幸運なぐらいだろう」
「そうかな。……そうかもな」

大晦日の夜、神成岳志は電気もつけずに他人の部屋の番をしていた。
嘘みたいだ。あの女が、久野里澪が、もうこの国のどこにもいないなんて。

宮代拓留は渋谷に帰ってきた。久野里澪も。
目的もない人生だが、それでいい。何事もない日常を望んでいた。望んでいると信じていた。あの男が再び現れた、ある秋の日まで。
罪に果ては、罰に終わりはあるのだろうか。彼らは自身にまだ問うている。

２０１７年９月。渋谷にもまた、例の季節がやってくる。
神成は久野里を、拓巳拓巳は梨深を……二人の男は楠優愛の協力を受けながら、消えた女たちの足取りを追う。

「どうせだらけているのなら、ホテルに戻ればいいではないか」
岡部倫太郎がドクぺを飲みながら呆れ顔で言った。自分こそこんな時間まで紅莉栖に付き合うことなどないのに、律儀なことだ。紅莉栖は右腕を緩慢に上げて、テレビを指差す。
「消して。『再来』のニュース、耳障りで」

『ねえ澪、お願いったら』
刹那的で打算的な人間関係ばかり構築してきた澪にとって、成程彼女――牧瀬紅莉栖との付き合いは、長いと言って差し支えなかった。恩義も一応感じている。少なくとも、日本では深夜と呼ばれる時間帯に、通話に応じてやる程度には。

「神成岳志の容態は、死んでないのなら二の次だ。――撃った奴はもう捕まっているんだろうな？」
「まだ、らしいです……」

「……俺もしかして今まさに、流行の『壁ドン』ってやつされてる？」
「これは派生形の『股ドン』だ、情報は正しく掴めよ。あと壁ドンは今もう然程流行ってない」

「映画を――観たよ」
　ただそれだけのことを言うのに、舌が鉛のように重い。神成は床に視線を落とした。
「初めて会ったときに言ってた、ヴィンチャーの。レンタル屋で見つけて借りたんだ」

「『赤紙』」
「『密葬』」
「『羨み』」
「『民間企業』」
　どうして個室で、久野里澪と向かい合って、真顔でしりとりをかましているのか。謎だ。