作品

空論を廻す

声高に配慮を求めてトラブルになってしまう生徒がいる、と皓汰にこぼしたのは、一月二日の午後だった。
元旦に実家に戻って翌日の義実家。今に比べればおおらかに帰省ができた頃だ。
侑志と皓汰のいる和室には火鉢。炭が爆ぜていた。部屋の隅まで届ききらない丸いぬくもりから外れないよう二人で身を丸めていた。

虹よりも長く

学活の後、校舎を出ると虹は消えかけていた。あんなに大きかったのに……怜二は水たまりを長ぐつでけっとばす。
タイチは空に手をのばしランドセルに何かつめている。

それは僕のかたちをしている

冬が得意なわけではないが、冬の空気は割と好きだ。
シブヤの公園。冬弥は黒い革の手袋でチェスターコートの袖を押さえ、腕時計の文字盤に目を落とす。
「青柳くん、こんにちは」

Nameless

「ねぇルカ。私は誰だと思う?」
問いかけると、ルカはベースの手入れを中断して私を見た。
「いきなりどうしたの、ミク」
「一歌が私のこと、『ミク』って呼ぶのがなんだかおかしいなと思って」

本日経由、昨日⇔明日

寧々が神代家のチャイムを押したのは、ちょうど三日前の夜分遅くだった。
手にしていたのはコンビニで発券したらしい何かのチケット。
「狙ってた東京公演が秒で満席になっちゃって……!」

アルペジオ

――なんだ、今日は誰もいないのか。志歩は軽く落胆して足を速める。
すると、志歩の二倍は早足でピアノに向かっていく人影があった。
彼は乱暴な手つきで椅子を引く。大股でどっかと座って両手を鍵盤に叩きつける。勢い任せの騒音は、一秒と待たず整った旋律になった。

霽月の一片

買い物に行った帰り、穂波は妙な男を見かけた。
見覚えのある背中をこちらに、彼は軒下で腕を頭上にかざしたり手のひらを空に向けたりしている。 ――司さん、何やってるんだろ。

今はまだ君だけのスター

「咲希、起きたか。具合はどうだ?」
あたたかくて少し乾いた指が、咲希の額にかかった髪を払っていく。
――なんでお兄ちゃんがアタシの部屋にいるんだろ。ぼんやりと瞬きをして、咲希は自分の握り締めたスマートフォンに視線をやる。

標星

病院の廊下は中学校の廊下よりも広く長く冴え渡っていた。
一点の汚れも許さない冷たさに気後れしながら、一歌は財布を握りしめる。
たった十数メートルを躊躇させるような潔癖な箱に、どうして咲希ばかり閉じ込められてしまうのかと考えるだけで俯きがちになる。

櫻にカナリヤ

【中編】
桜原皓汰、二十九歳。都会にぽつりと残った古い家で父と二人暮らし。
このまま、なんとなく滅んでいくのだと思っていた。家も、親父も、俺も。
そんなある日、父の応援する選手が引退会見で婚約を発表。お相手はどうも――皓汰!?
嘘だらけで、とても優しい、苦しまぎれの愛の唄。

きっと家族になりましょう

「おはようございます、オイフェ様」
今朝もラナは、そう言って笑って見せた。言葉を覚えてのち、一日も欠かさずこの子はオイフェに挨拶をする。

どっちもどっちでおたがいさまで

「お前、いつまで怒ってんだよ!」
「あんたこそ、いつまでそうやってカリカリしてるつもり!?」
ヨハルヴァとパティの言い争い――周囲曰く『痴話ゲンカ』は、もう珍しくもなさすぎて、軍内でも気にする者などすっかりいなくなっていた。