8話 Left-field - 1/6

レフト・フィールド

 チャイムが鳴り、解答用紙が回収されていく。
 朔夜(さくや)は喉の奥でうなりながら伸びをした。これでテストからはしばらく解放されたわけだ。あとは赤点でないことを祈るのみ。
 教師が出ていくなり八名川(やながわ)が歩み寄ってきた。出来でも聞かれるのだろうか? まとめ役が同じクラスだと、便利だがちょっと面倒だ。
 八名川は険しい顔で問題用紙を突き出してくる。
「どう思う?」
「どうったって、にゃーに解けなかった問題が私に分かるわけないじゃん」
「ンなこと最初から期待してねーです。裏よ裏」
 事実とはいえばっさり切り捨てられると面白くない。朔夜が口を尖らせて藁半紙を受け取ると、印刷がない面に名前がたくさん書いてあった。
「何これ。テスト集中しろよ、副会長」
「解き終わって暇だったの。部の活動日誌の当番、そろそろ一年に教えんとだから」
「何で私に? キャプテンのリューさんにお伺い立てんのが筋じゃねぇの」
「三年生に見せたら、絶対『自分たちも入れていい』って言うから。最古参の朔夜先輩の承認で先手打っときたいわけ。三年生の手をなるべく煩わしたくないのは、そっちも同じっしょ?」
 声のすり減り具合からして、暇つぶしに思いついたわけではないらしい。生徒会と体育祭とテスト勉強があって、そのうえこんなことまで気にしていたのかと思うと、感心や感謝をするより気の毒になってくる。
 朔夜は組み合わせ表に目を通す。
「なんか意外な組み合わせばっかだな」
「一応、帰る方向とか相性とかで考えたつもり。レイジは抜いちまったけど、いいかな? るっちを一人で帰らせんの心配なんだ」
 八名川は腕を組んだ。琉千花(るちか)に日誌のつけ方を教える発想はないらしい。朔夜も今はその方針に口を出さない。琉千花には先に覚えてもらうことが山ほどある――主にルールとか。
三石(みついし)はちゃんと教えられんのか」
「コーちゃんならミッちゃんと意思疎通できるから大丈夫でしょ。どのみちキミが残るだろって思ったしね」
「同じ理屈で新田(にった)が私なわけか。多分皓汰(こうた)は新田のこと待つもんな。さすが副主将」
 朔夜は頷きかけて、気になった組み合わせを指でなぞった。『八名川‐富島(とみじま)』。
「お前は? 富島と帰り道、逆じゃん。っていうか正直あいつと仲悪いっしょ」
「彼と仲のいい二年生がいるっけ?」
 八名川は棘のある声で答えた。顔が綺麗なだけに不機嫌にも凄みがある。
 確かに岡本(おかもと)坂野(さかの)は富島に怯えている節があるし、怜二(れいじ)や八名川は彼の歯に衣着せぬ物言いが面白くない様子だ。三石の場合は少し特殊で、富島の方が話の通じないことに腹を立てるのだが――とにかく、仲良しとは言い難い。
 ただ、それは全部男子のこと。
「私、代わるよ。八名川も新田なら平気だろ? 皓汰のことは気にしないでいいから」
 朔夜はバッテリーとしても情報担当としても、富島と上手くやっている。家事の話もする。料理のレパートリーを増やしてやったし、効率的に掃除する裏技を授けてもらった。皓汰も彼を嫌ってはいないようだし、朔夜が組んだ方が円滑に事が進むだろう。
「あのね、そういうことじゃないの」
 八名川はため息をついて、目元にかかる茶髪を払った。自分よりよほど色気のある仕種に羨望の眼差しを送りつつ、朔夜は続きを待つ。
「富島君のことはおっしゃる通り苦手です、認めますよ。でも本音の話、彼の言い分は大方正しいとも思っているわけ。ウチの部の将来を考えたら、避けるよりむしろ意見の相違が解消されるまで、徹底的に対話を重ねるべきだと判断する。少なくともオレはね」
 これで言うことはしっかり次期主将なのだから、侮れない。
 朔夜は肩をすくめた。
「じゃあとりあえず、これでやってみようや。何かあったら早めに言えよ」
「ありがと」
 八名川は苦笑して問題用紙を回収した。
「ダメだね、女々しくて。キミぐらい漢らしくなりたいよ」
 ホームルームのチャイムが鳴る。
 席に戻っていく柳腰を、朔夜は仏頂面で見送った。