掬われない

 セーラーの襟を茶色のポニーテールが何度もかすめる。藤谷(ふじや)の横顔は今日も夕陽に縁どられている。太陽(たいよう)は、つい昨日まで触れたいと願っていた手から目を逸す。
 父の病を覚った。母も既に逝き、親戚との縁もない。幸せの欠けていくこの手では、両親に捨てられた彼女にさらなる孤独を伝染(うつ)しそうで指が強張る。
「付き合ってるやつがいる」
 これから本当にする嘘をこぼす。藤谷が静かに足を止める。
「なぁんだ。おめでと」
 くれたのはよくできた笑みだけ。詰問ひとつ残さず、ずっと近くにあったぬくもりは届かぬ場所へ去った。
 追えない。追えるわけがない。彼女を救えない太陽の、これがきっと最善。
 昏い空を仰ぎ、何も掬えない無力な手を握りしめた。