スノッブの鏡像
わかるよ。気持ちいいもんな。
自分が選ぶ側だっていう錯覚の中にいるのも。徒党を組んで偉くなった気でいるのも。
安全圏からいつかの憂さを晴らすのも。劣等感を受け止めてくれそうな案山子を、知られる間もなく一方的に殴るのも。
短編
春がもうひとつあったとて
「松原さんって誰?」
桜原家のポストに入っていた、見知らぬ差出人からの手紙。心穏やかでない椎弥は皓汰を問い詰めるが、皓汰はどこか浮ついた様子で返事を書こうとしていた。
――皓汰はいつも自分を表現する言葉には不自由している。椎弥と共有できるかたちにはならないし、してもくれない――
短編三住椎弥,桜原皓汰,高葉ヶ丘
文体練習
レーモン・クノー 著・朝比奈浩治 訳『文体練習』
この本の真似をして、(ほぼ)毎日一題文体の練習……というより実験をしていく企画です。
文体練習 短編井沢徹平,新田侑志
理屈屋クッキング
エプロン姿の理奈は、雅伸の顔から視線を外そうとしなかった。
雅伸は妹を直視できず、間を隔てるテーブルに目を落としている。
理奈の好物である鶏の照り焼き……になる予定だった塊は、皿の白さを引き立てるほど真っ黒だ。
「見てやる、って言われて本当に見てるだけだとは思わないじゃない」
短編相模理奈,相模雅伸,高葉ヶ丘
やさしくしたい
首吊り。ばらばら。串刺し。丸焦げ。
少女たちはいかにして死体となったか。
犯人探しも謎解きもない、乙女の秘密を紐とくだけの些細な物語。
短編短編集
「お兄ちゃん絶対合挌!」
講堂の床にお守りが落ちていた。
俺と同じ受験生のものだろうか、拾ってあげた方がいいよな……。
『お兄ちゃん絶対合挌!』
短編300ss,永田慶太郎,高葉ヶ丘
墜憶の夏天
僕はおまえを殺してでも生かし続けたかった。
僕の追った影が死んでも、知らない君が歩んでくれる未来を選び取りたかった。
太陽を堕とした日。愛よりも深く胸を穿った夏の記憶。
短編恋に向かない男たち,新田総志,桜原太陽,高葉ヶ丘
覚えていなくていいから
ビルとビルの間に敷かれた大通りを歩いていく。どことなく高校の通学路に似た景色。
三年経ってできることも行ける場所も増えて、それでもまだ二人で歩いている。為一は浮かれた声で怜二の顔を覗き込んでくる。
「で、レイジくん。今日はどこ連れてってくれんの?」
短編八名川為一,恋に向かない男たち,早瀬怜二,高葉ヶ丘
留年旅行
マンションのエントランスにゴルフに行きそうなオッサンがいると思ったら彩人だった。
「おはよ、あっちゃん。今日も十八歳とは思えない格好してるね。またお父さんのクローゼットから勝手に服借りたの?」
「そういう慶ちゃんは今日もまるで小学生だな。その原色のセーター、レゴブロックみたいで似合ってるぞ」
短編富島彩人,恋に向かない男たち,永田慶太郎,高葉ヶ丘
掬われない
セーラーの襟を茶色のポニーテールが何度もかすめる。
藤谷の横顔は今日も夕陽に縁どられている。
短編300ss,桜原太陽,高葉ヶ丘
多少なりともましな椅子へ
財布と携帯電話と煙草にライター。持ち歩くのはこれで充分。
黒いロングカーデのポケットに愛用のセットを突っ込んで、皓汰はひらりと電車に乗った。
短編桜原皓汰,高葉ヶ丘
空論を廻す
声高に配慮を求めてトラブルになってしまう生徒がいる、と皓汰にこぼしたのは、一月二日の午後だった。
元旦に実家に戻って翌日の義実家。今に比べればおおらかに帰省ができた頃だ。
侑志と皓汰のいる和室には火鉢。炭が爆ぜていた。部屋の隅まで届ききらない丸いぬくもりから外れないよう二人で身を丸めていた。
短編恋に向かない男たち,新田侑志,桜原皓汰,高葉ヶ丘