短編

スノッブの鏡像

わかるよ。気持ちいいもんな。
自分が選ぶ側だっていう錯覚の中にいるのも。徒党を組んで偉くなった気でいるのも。
安全圏からいつかの憂さを晴らすのも。劣等感を受け止めてくれそうな案山子を、知られる間もなく一方的に殴るのも。

春がもうひとつあったとて

「松原さんって誰?」
 桜原家のポストに入っていた、見知らぬ差出人からの手紙。心穏やかでない椎弥は皓汰を問い詰めるが、皓汰はどこか浮ついた様子で返事を書こうとしていた。
 ――皓汰はいつも自分を表現する言葉には不自由している。椎弥と共有できるかたちにはならないし、してもくれない――

理屈屋クッキング

エプロン姿の理奈は、雅伸の顔から視線を外そうとしなかった。
雅伸は妹を直視できず、間を隔てるテーブルに目を落としている。
理奈の好物である鶏の照り焼き……になる予定だった塊は、皿の白さを引き立てるほど真っ黒だ。
「見てやる、って言われて本当に見てるだけだとは思わないじゃない」

やさしくしたい

首吊り。ばらばら。串刺し。丸焦げ。
少女たちはいかにして死体となったか。
犯人探しも謎解きもない、乙女の秘密を紐とくだけの些細な物語。

留年旅行

マンションのエントランスにゴルフに行きそうなオッサンがいると思ったら彩人だった。
「おはよ、あっちゃん。今日も十八歳とは思えない格好してるね。またお父さんのクローゼットから勝手に服借りたの?」
「そういう慶ちゃんは今日もまるで小学生だな。その原色のセーター、レゴブロックみたいで似合ってるぞ」

空論を廻す

声高に配慮を求めてトラブルになってしまう生徒がいる、と皓汰にこぼしたのは、一月二日の午後だった。
元旦に実家に戻って翌日の義実家。今に比べればおおらかに帰省ができた頃だ。
侑志と皓汰のいる和室には火鉢。炭が爆ぜていた。部屋の隅まで届ききらない丸いぬくもりから外れないよう二人で身を丸めていた。