春がもうひとつあったとて
「松原さんって誰?」
桜原家のポストに入っていた、見知らぬ差出人からの手紙。心穏やかでない椎弥は皓汰を問い詰めるが、皓汰はどこか浮ついた様子で返事を書こうとしていた。
――皓汰はいつも自分を表現する言葉には不自由している。椎弥と共有できるかたちにはならないし、してもくれない――
短編 高葉ヶ丘三住椎弥,桜原皓汰,高葉ヶ丘
「お兄ちゃん絶対合挌!」
講堂の床にお守りが落ちていた。
俺と同じ受験生のものだろうか、拾ってあげた方がいいよな……。
『お兄ちゃん絶対合挌!』
短編 高葉ヶ丘300ss,永田慶太郎,高葉ヶ丘
墜憶の夏天
僕はおまえを殺してでも生かし続けたかった。
僕の追った影が死んでも、知らない君が歩んでくれる未来を選び取りたかった。
太陽を堕とした日。愛よりも深く胸を穿った夏の記憶。
短編 高葉ヶ丘恋に向かない男たち,新田総志,桜原太陽,高葉ヶ丘
覚えていなくていいから
ビルとビルの間に敷かれた大通りを歩いていく。どことなく高校の通学路に似た景色。
三年経ってできることも行ける場所も増えて、それでもまだ二人で歩いている。為一は浮かれた声で怜二の顔を覗き込んでくる。
「で、レイジくん。今日はどこ連れてってくれんの?」
短編 高葉ヶ丘八名川為一,恋に向かない男たち,早瀬怜二,高葉ヶ丘
留年旅行
マンションのエントランスにゴルフに行きそうなオッサンがいると思ったら彩人だった。
「おはよ、あっちゃん。今日も十八歳とは思えない格好してるね。またお父さんのクローゼットから勝手に服借りたの?」
「そういう慶ちゃんは今日もまるで小学生だな。その原色のセーター、レゴブロックみたいで似合ってるぞ」
短編 高葉ヶ丘富島彩人,恋に向かない男たち,永田慶太郎,高葉ヶ丘
掬われない
セーラーの襟を茶色のポニーテールが何度もかすめる。
藤谷の横顔は今日も夕陽に縁どられている。
短編 高葉ヶ丘300ss,桜原太陽,高葉ヶ丘
多少なりともましな椅子へ
財布と携帯電話と煙草にライター。持ち歩くのはこれで充分。
黒いロングカーデのポケットに愛用のセットを突っ込んで、皓汰はひらりと電車に乗った。
短編 高葉ヶ丘桜原皓汰,高葉ヶ丘
空論を廻す
声高に配慮を求めてトラブルになってしまう生徒がいる、と皓汰にこぼしたのは、一月二日の午後だった。
元旦に実家に戻って翌日の義実家。今に比べればおおらかに帰省ができた頃だ。
侑志と皓汰のいる和室には火鉢。炭が爆ぜていた。部屋の隅まで届ききらない丸いぬくもりから外れないよう二人で身を丸めていた。
短編 高葉ヶ丘恋に向かない男たち,新田侑志,桜原皓汰,高葉ヶ丘
虹よりも長く
学活の後、校舎を出ると虹は消えかけていた。あんなに大きかったのに……怜二は水たまりを長ぐつでけっとばす。
タイチは空に手をのばしランドセルに何かつめている。
短編 高葉ヶ丘300ss,八名川為一,早瀬怜二,高葉ヶ丘
櫻にカナリヤ
【中編】
桜原皓汰、二十九歳。都会にぽつりと残った古い家で父と二人暮らし。
このまま、なんとなく滅んでいくのだと思っていた。家も、親父も、俺も。
そんなある日、父の応援する選手が引退会見で婚約を発表。お相手はどうも――皓汰!?
嘘だらけで、とても優しい、苦しまぎれの愛の唄。
短編 高葉ヶ丘三住椎弥,中編,桜原皓汰,高葉ヶ丘
夜中にアイスを買う自由
「買って来ますよ」
アイス食べたい、なんてほとんど意味のない未紅の独り言に、雅伸は大真面目な顔で振り返った。
短編 高葉ヶ丘相模雅伸,紺野未紅,高葉ヶ丘
面目
最後の夏は、多少なりともドラマチックに終わるものだと思っていた。
竜光は誰もいなくなった部室で、捕手向けと褒められた大柄な身体を丸めてプラスチックコンテナからキャッチャーマスクを拾い上げる。
短編 高葉ヶ丘富島彩人,森貞竜光,高葉ヶ丘