【退屈な種明かし】
連れていかれたのは、あまり広くない催事場。丸テーブルが三つに、それぞれ四脚の椅子がセットになっているだけの部屋だ。家族内での祝い事などで使うらしい。
神成は一番手前のテーブルを示し、紅莉栖と澪の座る位置を厳密に指定した。
澪が入り口側、紅莉栖は隣の壁際、一つ飛ばして椅子の位置をずらし、神成はテーブルに対して横向きに腰を下ろす。窓からの狙撃と扉からの突入を同時に警戒し、澪と紅莉栖を視界内に収めておける場所。
「どんな言い方をしても、澪は怒ると思いますので。主だったことは私から説明します。いいですか、神成さん」
紅莉栖は冷静な顔で、名乗ってもいない男の名を呼んだ。はい、と神成もすぐ頷く。紅莉栖は頷き返し、澪を見た。
「質問は適宜受け付ける、その前に概要だけざっと話すわ。澪もいいわね」
「嫌だったって、それを聞かないことには怒りようがないだろうが」
澪は片手で背もたれを掴みながら舌打ちした。いざというとき椅子を盾にする為。場合によってはこのまま神成岳志も殴れる。
元々最後には話すつもりだったのだろう。すっと息を吸った後、紅莉栖の話ぶりには迷いがなかった。
「澪をこのパーティーに誘った後のことよ。まだアメリカにいた私の元に、匿名のメールが届いたの。橋田に調べてもらって、送信者がここに参加する科学者の一人だというところまでは分かった。ただ私は彼と、交流したことはおろか面識すらもない。それなのに、恋人を待ちわびていたような内容で、気味が悪くて。でもまだ具体的に何をされたわけでもないから、法的手段には出られそうもなかった。そうしたら橋田が、澪を通じて警察の方と知り合う機会があったと――神成刑事を紹介してくれた」
神成は露骨に顔を背けて頭をかいていた。
澪はあの変態ハッカーについて、『秋葉原にいる』以上の情報を神成岳志に流した覚えがない。山添や有村の話からあたりをつけ、澪の名を使って自らコンタクトを取ったのだろう。とぼけた顔をして本当に油断ならない。
紅莉栖は神成の様子を見て一瞬苦笑すると、すぐに真顔に戻って澪への説明を再開した。
「私はメールを転送して、神成さんに相談したの。そうしたら、これまでにストーカー行為を受けた事実がないのなら、この文面での立件は難しいとおっしゃっていたのに……いろいろ手を打ってくださって。送信者の男はさっき」
「ええ。別件で逮捕して、今頃は
神成は乾いた笑い声を上げた。澪は笑えない。背もたれを一層強く握りながら、ずいと神成に向け身を乗り出す。
「おい。紅莉栖の言う通り、私はあんたに訊かなきゃならないことが山ほどあるぞ?」
「ちょっと澪、そんな姿勢になったら襟……!」
「見たきゃ見ろ。どうせそれでどうこうなんて根性こいつにはない」
澪の睨みつける視線からなのか、よく見える胸の谷間からなのか、神成は目を逸らして窓を見た。
「答えられる範囲なら、どうぞ」
「それならまずひとつ目だ。何故私に伏せていた?」
即座に問えば、最初なのにいきなり神成は口ごもる。紅莉栖が横から代わりに答えた。
「もう澪を誘ってしまっていたことは、正直にお話したのよ。それで相談し合った結果……あなたは事前にこの件を知ったら独断でその男と接触するだろうし、下手な理由をつけて断っても嗅ぎつけるだろうから、いっそ予定通りにして近くにいてもらった方が安全じゃないかってことになって」
「じゃあ、昨日の妙な電話も、私が何か勘付いていないか確かめる為に?」
神成は、それにはきっぱり首を横に振った。澪のことは頑なに見ないが。
「牧瀬博士から、最終確認のメールに対する返信がなかった。それで、もしかしたら久野里さんが傍にいてそんな隙がないのかもと――それか、二人に何かあったんじゃないかと、心配になって」
「直後、紅莉栖にかかってきた電話も?」
「ああ。もう帰国しているのなら、メールでなく電話の方が早いと思ってね」
「神成さん」
「次は何だ?」
「人と話すときぐらい相手見ろよ」
「……君に言われたくないよ」
澪が上体を引くと、神成はようやく視線を普段のように戻した。
ふてぶてしい目だ。居直った刑事の目。澪は好きでないが、嫌いでもない。
「その妙な変装は?」
「まるで俺が聴取を受けてる側だな」
神成は肩をすくめて、懐から見覚えのある紙切れを出して見せた。
「今日はプライベート。牧瀬博士から正式に随伴を許可された客人」
「休日返上で来てくださったの……」
紅莉栖が申し訳なさそうに身を縮こまらせた。いつものことですから、と神成は笑っている。ただのフォローでなく事実なことも澪は知っているが、その件については黙っておく。
「なら誰と連絡を取っていた? そのインカムで」
「ああ、これか」
澪の指差した左耳のそれに、神成は何気なく触れた。
「警察関係者自体は、俺個人とは関係なく来ていたんだよ。警備部とか。要人レベルの学者さんもいたからな。で、どうせいるならお互い動きを把握出来た方が楽だから、連絡していただけだ。あのガラの悪いサングラスも、主催者の用意した黒服たちデコイに紛れる為の借り物。俺としては、普通に博士の傍に立っていた方がやりやすかったんだけど。いろいろ協力してもらった手前、方針に従わざるを得なかった」
「それは『別件』絡みで?」
澪は低い声で尋ねる。
男の送ったメールの内容は分からない。しかし刑事事件に出来るほどではないのなら、逮捕などなおさら難しいだろう。
だとしたら、神成が割り込んでくる前に見えた、あの行動か。男が何かを取り出そうと懐に手を入れた。
「銃刀法違反?」
「それも含む。俺の口からあまり詳しくは言えないが、元々二課絡みでずっとマークされていたようでね。
長い説明を終えると、神成は伸びをしながら立ち上がった。疑問は一応氷解したはずなのだが、澪はどうにも釈然としない。
隣の紅莉栖がようやく肩の力を抜き、小さく笑った。
「神成さん。澪の質問はもう打ち止めみたいですけど、私からも、ひとついいですか?」
「ええ。お答え出来ることなら」
気の利かない返事で神成は笑み返す。紅莉栖の質問は、とてもどうでもいいことだった。
「澪のドレス姿の感想、まだお聞きしてません。どう思います?」
指を組んで無邪気に言う。こういうところが、澪は少し苦手だ。嫌いではないが。
神成は、あー……と愛想笑いで頬をかいた。
「元々美人ですし、とても似合っていると思いますよ。その……ちょっとセクシーでワイルドすぎるけど」
「そうですね。うちのお姫様は素材がいいのに、いつも粗雑すぎて」
「あのな。それは今話すべきことか?」
見かねて澪が遮っても、紅莉栖はとんちんかんなため息をつくだけだ。
「怒ると美人が台無しだなんてよく言うけど。ホントの美人は怒っても美人なんだから、得よね」
「人の話聞けよ」
その間に、神成は扉を数センチ開けて、廊下の警官とやり取りしていた。頷いてドアを閉めると、改めて紅莉栖に向き直る。
「牧瀬博士。今日はもうお疲れでしょうし、お話は明日、詳しく伺うということでよろしいですか」
「あ、はい! すみません」
紅莉栖は慌てて立ち上がり、頭を下げた。神成は苦笑して話を続ける。
「裏口に、覆面の警察車両を用意してもらいました。警官を二人つけてホテルまでお送りします。念の為スモーク処理もしてありますが、まだ不安な点があればおっしゃってください」
「何から何までお世話になってしまって……ありがとうございます。あの、澪は?」
ちらと視線を向けられて、澪は首を振った。
「お守りはここまでだ、紅莉栖。大人しく送られてこい。どうせ明日、聴取の後でまた会うことになるだろう」
「そういうことじゃなくて……」
「ええ、ご心配なく。彼女が罪に問われるようなことにはしませんよ。久野里さんの尻拭いも、最近じゃすっかり手際がよくなってしまって」
神成は、紅莉栖の憂慮を汲み取ってそう笑った。そんなのは帰らせてからこっそりやればいいのに、わざわざ聞こえるところで言ってしまうあたり本当に気が回らない。
しかし紅莉栖は、ふわりと頬を緩めた。やめてほしい。自分のことで彼女にそういう顔をされるのが、澪はあまり得意ではないのに。
「なぁ紅莉栖。最後に私も、あんたに質問がある」
低い声で澪は言った。無防備に開かれた瞳を、射抜くように見つめる。
「何も言わなかったのは、私が信用出来なかったからか。非力だったからか」
紅莉栖は澪の眼光を逃がすまいとでもするように、すうと瞳孔を開いた。
「どちらも違うわ。私が信用出来なかったのは、あなたじゃないもの。――私自身よ」
その視線は、彼女を案内しようと扉に手をかけたままの、間抜けな警官にゆっくりと移り。
「ねぇ、神成さん。きっと、今回の為に調べたでしょう? 過去、私が『他人の血だまりの上で』気を失っていた事件について」
神成は何も答えず、視線を下方に泳がせた。そうですよと口で言った方が、まだしも誠実だったろうに。
紅莉栖は無作法を咎めるでもなく、淡々と続ける。澪のよく知らない事件について。知らない過去について。何年も前の記憶について。感情について。
「あのとき、私は何も出来なかった。目の前で、私を助けようとしてくれた人が血を流しているのを、自分のせいでこの人が死んでしまうかもしれないって、怯えながらただ見ていることしか出来なかった。次は澪が同じ目に遭うかもしれないなんて、考えただけで指先が震えてくる」
珍しく光に彩られた爪先は、今、何に向けて伸ばされているのだろう。
彼女が『秋葉原』を語るときにしか見せない、その横顔は何を見ているのだろう。
澪には分からない。
「その人は戻って来られたけれど、今度も同じ幸運が続くとは限らない。……いいえ、幸運は続かないからこそ、そう呼ばれるんだもの。私は怖かった。もう二度と、大切な人が血を流す様を見たくないと思った。澪のせいでも澪の為でもない。私は命ばかりでなく心も脅かされたくなかったの、それだけ。ただの保身よ」
ふと現在に焦点を戻し。ごめんね、と紅莉栖は両手を後ろで組んで、澪に向けて濡れた目で笑った。
「その為にあなたの大切な人を借りてしまって、本当にごめんなさい。澪は私に怒る正当な権利があるわ。それでも私は、あなたがそうして無事でいてくれることが心から嬉しい」
「そういう発言の方がよっぽど保身なんだよ、このお節介。全然変わってないな」
澪は舌打ちして、紅莉栖にもらった靴を蹴飛ばした。
澪の為だけに選んでくれた立派な靴。履きこなすことが、結局出来なかった。
「別に、私とこの男はあんたが思ってるような関係じゃない。好きに使えばいい。こいつは公僕だ。消費税ぐらいでもこの国に落としてりゃ、身の安全を求めて何の問題もないだろうさ」
「澪……」
気遣わしげに名を呼ばれるのだって、久しぶりであまり感覚が掴めないのだから。早くホテルに帰ってほしい。早く安心させてほしい。
牧瀬さん、と神成がやわらかく口にした。これまでの『博士』ではなく、ただ『牧瀬さん』と。
「自分も久野里さんと同意見です。我々は税金を使って訓練を受け、国民に奉仕・還元しています。もとよりそういう仕事ですので。日本の警察を頼っていただけたことは、むしろ光栄なことだと。この先も、ご期待にそえるよう努力します」
「……ありがとう」
ふたりとも、と、消え入るように紅莉栖は微笑んだ。
澪は俯く。だから、その顔は、やめてくれと。……直視しづらいから。
「神成さん。私はここまでで大丈夫ですから、澪のこと、送ってやってください。あんな格好で外を歩かせられませんし」
「はい、責任を持って。牧瀬さんも、何事もなく部屋に着いたら、一報もらえると助かります。俺は職務上それを訊く権限がないので」
「ふふ、じゃあ個人的に、澪に連絡を入れますね。本当にありがとうございます」
二人は勝手な会話をして、紅莉栖は勝手に出ていってしまう。
「私は物扱いか。まったく大層なご身分だよ」
澪は靴の片割れを神成に投げつけた。届かなかったそれを拾いながら、そう言うなよ、と神成はこちらに歩いてくる。
「心配してくれてるんだろ。いい先輩じゃないか」
「あんたも含んだ皮肉だぞ」
「じゃあ俺も人生のいい先輩ということで」
「反面教師か」
「そうむくれるな、お姫様。もらったものは大事にした方がいいぞ」
澪の前に、片方だけの靴を置く。そんなものもう役になんて立たないのに。
「使い道のない贈り物と、押し付けられた善意はどちらも害悪だ。する方だけが満足だなんて、まるで自己愛野郎のセックスだな」
「そんな格好でなんてこと言うんだおまえは!」
真っ赤な顔で怒鳴られて、澪はようやく自分の格好を思い出した。
スリットを大きく裂いてしまったドレス。胸と腹は締め付けられて窮屈だし、下は『線が出てしまうから』と心許ない下着しかつけていない。鬱陶しくてこの場で着替えてしまいたいぐらいだが、さすがに公然わいせつで捕まりたくないので、自重する。
紅莉栖は値札も支払いの場面も澪に見せないようにしていたけれど、それなりの額だったのを本当は見ていた。手持無沙汰でひらひらと動かした裾の手触りはとても滑らか。
「靴、履き替えるか?」
「あ?」
ドレスに気を取られて、神成への反応が一瞬遅れた。彼はいつの間にか取り出していた白い箱を、まるでウェイターが皿を運ぶような持ち方で掲げて見せる。
「百瀬さんから預かってる。君はかかとの高い靴慣れてないだろうからって。牧瀬さんからもらった靴はここに入れて帰るといい」
澪はしぶしぶ頷いた。確かに、履く気がないからと言ってここに捨てていくわけにはいかない。神成は澪の前に片膝をついて、箱の中から一足の靴を取り出し、並べてくれた。
ああもう、本当に。澪は頭を押さえて首を振る。
「馬鹿も大概にしてくれ。嘘をつくにしても、もう少し騙され甲斐のあるものにしろよ」
「え?」
間抜けに顔を上げる神成。
黒いパンプス。まるでビジネスか冠婚葬祭用。その細いベルトはせめてもの洒落っ気のつもりなのだろうか。本当に、詰めの甘い奴。
「百瀬さんはこのドレスを自分の目で見たんだ。身だしなみに気を遣うあの人が、わざわざこんなクソみたいにダサい靴を寄越すものか」
「参ったな……」
神成は頭をかきながら目を逸らした。澪は靴に足を入れない。黙って、彼が自滅するのを待っている。
「悪い。牧瀬さんと――つまらない賭けをした。君にヒールの高い靴が似合いそうだと言っていて、どうでしょう、久野里さんはそういうの嫌いじゃないですかって俺は返したんだ。そうしたら、じゃあ澪が……ああごめん、彼女はそう呼んでたから、どちらの選んだ靴を履くか勝負しましょうって」
俯いた神成のつむじを、見ている。いつもは見られない箇所。世の中には20代も半ばで気の毒なことになっている男性もいるが、29歳の彼の毛根はまだ現役のようだ。まとまりのない癖っ毛は今日も元気。
澪がハイヒールを好まないことぐらい、紅莉栖は百も承知のはずだ。それで神成にそんな賭けを持ち掛けた理由など、『あの思考回路』のせい以外にはないはずだけれど。
わからないのは、こっちの方。
「何故あんたまで、そんなくだらない、紅莉栖の警護とも関係ない勝負ごとに乗る必要があった」
澪が問えば、神成はまた顔をよそに向けたが、その横顔は決まり悪そうというよりも開き直ったように見えた。早口に言う。
「必要はなかった。個人的な意地だ」
「なんだそれ」
「言ったらバカにするだろ」
「言わなくても既にしてる。だから言え」
「ダブルバインドかよ」
舌打ちして――こういうところが刑事というよりチンピラだと澪は思うのだが――神成は立ち上がった。肩を広げて、身体の両脇でぐっと両手を握り締め、澪を見下ろす。
青年の声で。子供の口調で。神成岳志は、ごく正直に理由を述べる。
「……君が、俺より背が高くなるのが癪なだけだ。笑えよ」
澪は、笑うことはおろかも何も言えずに、目を丸くして彼を見上げていた。地震大国日本では場違いにしか思えないシャンデリアが、彼の表情を逆光に見せて。お世辞にも王子とは呼べない佇まい。
けれど。少し、仮説を修正。
なぁシンデレラ。お前、小賢しいな。
ガラスの靴という妄想は、お前が身に着けている限り、12時の鐘で消えてしまうから。
共通認識にしたんだろう。現実化したんだろう。王子にシンクロさせたんだろう、自分がその夜、確かにそこで踊ったという妄想を。その為に、片方だけ落としていった。敢えて両方ではなく。これ見よがしに、計算高く。
そうだお前は、魔女と共謀して王子をハメたんだ。とんだ詐欺師だよ。
「馬鹿な奴――」
シンデレラも、王子も、魔女も。私も、こいつも、紅莉栖も。
みんな馬鹿だらけだ。馬鹿で、利己的で、嘘つきだ。
あの靴がガラス製だった理由。それが儚い夢の比喩なんかじゃなく、透けて見える本音を踊るうち血塗れにする為の凶器だったというんなら。私は初めて、あのおとぎ話を好きになれるかもしれないよ。
なぁ、紅莉栖。
「あんたのプライドなんか知るか。百瀬さんの名前で勝ちを拾おうって性根が既に負け犬なくせに」
澪は一蹴したが、何だか歌い出しそうなほど気分はよかった。歌わないけれど。
否定は出来ない、と神成は頭を抱えている。それが余計に愉快。脚を組んで頬杖をつく。
「まだ隠してること全部話したら、紅莉栖にはその不正行為をチクらないでやる」
「今度は俺が脅迫されるのかよ……」
「悪いことはするもんじゃないな、おまわりさん」
「くそ……」
神成は耳まで赤く染めながら、ぼろきれみたいなワインレッドのドレスを睨んだ。
「個人的に君には赤より青っぽい方が似合うと思う、俺が言わなかったことはそれで全部だ! 帰るぞ!」
「了解。よくできました」
澪は足を黒いパンプスに滑り込ませる。サイズはぴったり。夜にちょうどいいということは朝には緩いかもしれないが、それでいい。革なら、いずれ足の形に馴染む。
「あんたの勝ちでいいぞ。ローヒールの方が楽だ」
「相変わらずリアリストだな。判定は不透明だけど」
神成が、すっと手を取って立ち上がらせてくれた。意外に不自然な気にはならなかったのは、目線の高さが普段に戻ったからなのか。
澪は、紅莉栖のくれた割れない靴を両方回収して、不敵に笑う。
「あいつもたまには土をつけられて、現実を思い知った方がいいのさ。いくら透明で綺麗でも、ガラスの靴なんぞで走れないだろう?」
「俺もカボチャの運転免許は持ってない。鉄の車でいいなら送ってやるよ」
神成の返しも、いつもよりはまぁ、気が利いていた。
澪は彼の腕にぶら下がらない。そうせずとも済む靴をもらったから。
自分の足で、彼の開けてくれた扉の先へ、踏み出す。その背に庇われ、代わりに彼には見えないものに気を払いながら、焦ることなく決然と歩いていく。