The Catcher in the Crazy City - 1/3

アリーの喪失、もしくは彼らの死生観に関する考察

 セレモニーホールの中は思ったよりも明るかった。元々祝い事の会場も兼ねているからなのかもしれない。
 白く白く美しい棺の中に『先輩』が眠っている。親族でも何でもない神成は、後方の席に座ってただ僧の諳んじる経を聞いている。焼香の順番が回ってくるのを待っている。
 抹香の匂いには未だに慣れない。
『線香と焼香の匂いはね、染み付くんスよ。捜一の刑事は』
 かつて被害者の通夜帰りに、諏訪護が言っていた。
 神成が彼から教わった、数少ない刑事らしいことのひとつ。
『死の匂いは、簡単に身体についてきて。そのくせ、一生取れないから』
 なんつってね、と小さく笑った口許を、よく覚えている。
 傘を差すほどもない霧雨で、視界が不確かな夜だった。あの日は本当に珍しく、二人だけで行動していた。
 金属の時計は外してポケットに入れろだの、ネクタイピンも取れだの、意外と細やかにマナーの指導をされた気がする。
 彼ももういない。焼香は未だ親族が終わったばかりで、目上の弔問客がようやく立ち上がるのを、神成はぼんやりと眺めている。
 近くの未就学児は退屈そうに両足を揺らしている。誰かの連れている赤子は上機嫌できゃいきゃいと笑っている。生に近いほど死の概念からも遠いものだろうか。
 線香の匂いを嗅ぐと、親の実家を思い出す。
 仏間はいつでも薄暗く、夏でも常にひやりとしていた。訪れる度に、ご挨拶しなさいとその部屋に通された。目を閉じて両手を合わせる親を真似て、岳志少年も遺影の前で同じことをした。それは墓参よりも余程強く刻まれた、最初の死の匂いだった。
 線香の煙。繰り返す、もう増えることのない思い出話。眠るようにそれはそれは穏やかに逝ったのだと、正座で繰り返し言い聞かされた、あのかすかに肌寒い静謐の部屋。まるで俗世と黄泉の境界のような。
 親戚が集まってきて騒がしくなると、岳志少年はよくその部屋に一人寝転がって、遺された古いラジオでニュースを聴いていた。岳志は本当におじいちゃん子ねぇと言われたけれど、ほとんど記憶にない祖父を悼んでいたのではないと思う。ただ、また人が死んだと。殺されたと。そんな音声を聴きながら、『眠るように穏やかに逝く』ということが、どれぐらい稀有で幸福なことなのか、幼心にぼんやりと、考えていただけ。
「お次の方々、お願いいたします」
 進行補佐のスタッフに案内されるまま、神成は席を立った。
 『先輩』の家の宗派は知らないけれど、周りがしているのと同じ方法で、香炉に抹香を静かに落とした。
 遺影に手を合わせる。無精ひげの生えていない『先輩』の顔を、神成はこのとき初めて見た。
 そして同時にそれが最後。
 死の匂いはやはり一生抜けないだろうと思った。