オトナみたいな

「シルヴィアさん!」
 名を呼ばれて振り向くと、金髪の少年が笑顔で塀の上に座っていた。
 シルヴィアは破顔して彼の名を呼ぶ。
「デュー! どうしたの? そんなところ座って」
「シルヴィアさん通るかなと思って待ってたんだ。さっきの戦場での踊りもステキだったからさ。――ねぇチップってこれで足りるのかな!」
 そう言って彼が投げて寄越したのは、金貨二枚だった。
 シルヴィアのような何のコネクションも持たない踊り子にとっては、お忍びで酒場に来ていた貴人からしか頂戴したことのないような額である。
 けれど控えめぶって『もらえないわ』とくねくねするのも気性ではなかったから、正当な評価として、謹んでお受け取りすることにする。
 優雅に礼をしながら、シルヴィアは歌うように言った。
「ありがとう、お客様。随分気前がいいんだ? 世の中にはケチな男も多いっていうのに」
「だって、金は天下の回りものなんでしょ? おいらが懐に入れた分だって、どっかに回さなきゃバチが当たるよ」
 デューは塀の上からころころ笑っている。
 歳の割に随分世の中のことを知った風なのは、盗賊という生き方ゆえなのだろうか。
 シルヴィアは両手を後ろで組んで微笑んだ。
「デューってオトナね。行く先々で、そんな風に踊り子たちを口説いてきたの?」
「まっさかぁ。おいら、踊り子さんって今までちょっと苦手だったもん」
 とんでもない、と言わんばかりにデューは首を横に振る。
「オトナすぎるっていうか、なんか取って食われそうでさ。でもシルヴィアさんはかわいくてあったかくって、全然そんな感じしないから」
「ふーん。あたしにはオトナの色気が足りないって思うんだ?」
 わざと口唇と尖らせてみせる。違う違う、とデューは更に激しく首を振った。
「色っぽいとは思うけど! ごめん、おいら学がないから、うまい言葉とか言えなくて。でも、なんていうか……見てると心がほっとして、明るくなってさ。シルヴィアさんは、おいらが見てきた中で、一番チャーミングな踊り子さんだよ」
 デューはそう締めて、苦笑しながら頬をかいた。
 いつも口八丁手八丁で大人をだまくらかしている少年とは思えない、稚拙な台詞たち。
 だからこそ、普段の胡散臭さが微塵もなくて、シルヴィアはまた笑ってしまう。
「そんなご贔屓にしてくれる上客なら、もっとサービスしなくっちゃ。一緒にお茶でも飲む?」
「まさか!」
 デューはただでもあどけない目を更に丸くした。
「そんなことしたらおいら、心臓が破裂しておっ死んじまうよ。遠くから応援してるから、困ったことがあったら声かけて。チップぐらいしか出せないけど」
 ひょいと、塀の向こう側に姿を消してしまう。
 いかにシルヴィアが身軽と言っても、乗り越えて追いかけるのは骨である。
「ウブなパトロン様ね」
 肩をすくめ、シルヴィアは歩みを再開する。
 オトナな物言いの少年のことで微笑みながら、オトナのような職の少女が、やわらかい風を受けて、軽やかなステップで。