文体練習(90~99)

『文体練習』レーモン・クノー 著・朝比奈浩治 訳
 バスの中で起こった出来事を99通りの文体で書いた本。

 この本の真似をして、(ほぼ)毎日一題文体の練習……というより実験をしていく企画です。

 

91 表現不能  2023/02/23

 ある朝のこと、少年という以外に何と言ったらいいのか、つまり少年が、何とも言えない様子でこのどうにも説明しがたい入り方をしてきた。
 次に来たのは名状しがたい少年だった。
 二人は筆舌に尽くしがたい会話をしていた。それを聞いたときの気持ちは他に例えようもなく、言語に絶するとはまさにこのことのように感じられなくもなかった。

【感想】
「12 ためらい」と似てしまいそうだなぁと思いながら久々の壁目線。
 井沢がクトゥルフみたいになってしまったのは正直申し訳ないとは思っている。

 

92 モダン・スタイル  2023/02/24

 ナチュラルボーンの茶髪を朝陽に照らしながら、長身の少年は迷いなく廊下を歩んでいく。
 ガラガラと遠慮のない音を立ててドアはスライドする。
 ――進路指導室。若者の未来を煮詰めたような場所。
 ドアから吹き込んだ風で、カーテンはイヤイヤをするように揺れている。
 少年は悩ましげにため息をつき、無秩序に散らかった本たちを慈悲深い手つきで集めあるべき場所に帰した。
 二人目の来訪者が扉を叩く。運命のように。
「よぉ、優等生」
 肌を刺すアイロニーも痛みと思わなければ無意味だ。
 新たな少年が手に取る本のその意味に、シンパシーを抱くのも。
 ――ああ。そうだ。それは、きっと。
 目を閉じて想いを馳せてみる。未だ来ない、けれど必ず訪れる日々に向けて。
「……警察官を、目指すのか」
「……」
「井沢?」
「ああ。果てはお互い……公務員、だな」

【感想】
 お手本を読んでもどの辺がモダンなのか汲み取れなかったが、要するに近代以前には使っていなさそうな言葉を使えばいいのかな? という理解で開始。ただのカタカナ語使いになってしまった
 また、最近書かれた文章でよく見る表現を、意図的に散りばめながら書き進めた。
 何か深いことを言っているようで、何の情報も増えていない感じが気に入っている。

 

93 確率論  2023/02/25

 高葉ヶ丘高校に進路指導室がある以上、その部屋を訪れる生徒がいるのも道理であり、学年が上がるごとに利用者が増えるのもまた当然の結果である。
 だが地毛が茶色い少年が入室してくるケースは学校全体の歴史の中でも極めて少ない。ある調査によると、生まれつき髪が茶色い人の割合は十二人に一人だそうである。
 九十二パーセントを占める黒髪の、なかでもとりわけユーメラニンの多い少年が、警察官採用試験(三類)の過去問題集を手にする。彼らにとっては未来のデータにはなるが、高卒で警視庁の警察官採用試験を受ける場合の倍率は約六倍だそうである。
 中学の教員採用試験の倍率はその三分の一程度。
 そこから二人とも公務員になれる確率が導き出せそうでもあるが、そう簡単な話ではない。人の努力はときに確率論を凌駕する。

【感想】
 計算できないのをそれっぽくごまかしていく(ごまかせてない)

 

94 種の記述  2023/02/28

 コウコウニネンセイの生息地は日本全国に分布しており、東京都の高葉ヶ丘高校でも二〇〇匹超のコウコウニネンセイを見ることができる。
 ニネンセイが好むエサは『ギョウジ』であり、しばしば興奮して「オモイデヅクリ!」と鳴き声を発する。
 統制が乱れ群れが暴走状態になると、原住民が「ナカダルミ」と叫びながらニネンセイを鞭で叩き縛り上げる「ガクネンシュウカイ」という儀式が開かれることもある。これはニネンセイの習性をとてもわかりやすく伝える行為であるとして、国の無形文化財に指定されている。
 ニネンセイは、同じフツウ科コウコウ目のサンネンセイとは違い進路指導室を狩場にすることは少ない。
 進路指導室に現れる個体は生存意欲が高く、群れから独り立ちした後も新しい共同体を形成し繁殖していくケースが多い。なかでも「コウムイン」という特殊な求愛方法を身に着けた個体は、比較的安全な生涯を送りやすいと言われている。
 だが、エサを獲得しやすい進路指導室を縄張りとしたことで気が緩み、実際には何の獲物も口に入れられず餓死する場合もある。

【感想】
 お手本は「ブンタイ」についての記述だったのだが、そのまま真似すると馴染みが悪かったので「ニネンセイ」に。
 こういうの大好き。

 

95 幾何学  2023/03/06

 直径2.5cmのほぼ円形の校章の表面の面積を求めよ。
 切り欠けの部分は無視するものとする。

【感想】
 このお題をどうしたらいいかわからなすぎて間が空いてしまった
 パスすることも考えたのだが、絶対後で引っかかるよなぁと思ってどうにかこうにか書いた
 幾何学って何だろうね……

 

96 疑似農民ことば  2023/03/08

 おら、東京の学校さ行っだけんど、田舎よりなんもねぇやくてもねぇとこだったべ。
 みんなすて大学大学って、あいなぐ細っけぇ腕じゃ畑仕事もできんっちゃ。
 きんどる赤毛のやつもおってよ、あだに派手なもんが先生になれるわげないさ。

【感想】
 何となく北の方の疑似(似非)方言……
 こういうのは単語レベルで調べても、ネイティブの肌感覚とは違うから難しいよね

 

97 間投詞  2023/03/09

 よし! よいしょ! ふむふむ!
 おっ! あれっ! ふうん!
 ほうほう! ううーん!

 
【感想】
「39 感嘆符」で既に同じようなことをやってるんだけど、今回はさらに削ぎ落してもうこれ何だかわかんねぇな

 

98 気取り  2023/03/10

 其の朝は、正に見えざる手によって全てが設えられた朝であった。
 地上高くに据えられた、人に造られし長き道を往く長躯の少年には、硝子の外で深紅の血の色に染まりし、いたいけな葉の嘆きは届か無い。
 彼らはまるで出荷される事を予見した憐れな仔羊。
 数奇な運命(さだめ)を肯いながら、より良き肉と成る努力を従順に重ねる痛ましき家畜。
 鬱蒼と茂る黒き森の木々が如くに林立した本の薪から、呪われし赤き髪の少年は、己の命運を握る託宣の書を手にし、未だ穢れを知らぬ指先で色褪せた頁を繰り始めた。
 其処に唯一絶対の真実が隠されているとでも云う様に。
 咎を負わされし無辜なる罪人が約束の部屋の扉を叩き、赤き少年をいたずらに揶揄すると、無辜なる罪人の冷句は常の事と心得、却って慈悲の心が彼果てた大地を破り兆すように、緞帳(かあてん)は揺らり揺らりと物悲しく首を振る。
 赤き髪の少年は孰(いず)れ規範の再生産を担うだろう。
 そして無垢なる罪人は孰れ秩序の狗と成る。
 彼等に赦された自由は、鎖に繋がれし己の滑稽を嗤う自由だけなのであった。

【感想】
「41 荘重体」「67 自由詩」「92 モダン・スタイル」辺りも充分「気取り」だったが、文体練習の盟約に従い今一度己の右腕に封印されし中二病を解放した(片目を隠すポーズ)
 さらに中二病文章あるあるをたくさん詰め込みました いくつわかるかな
 拙作『ヘルマプロディートスの縊死』に出てきた「菜畑真朝の手紙」に似ています(あれは迷惑メールをベースにしているので、もっと自動翻訳調だけど)

 

99 意想外  2023/03/12

「げ、新田くんたちいるじゃん。あっちゃん、この時間なら誰もいないって言ったのに」
 進路指導室のドアを開けるなり、挨拶もせず永田慶太郎(ながた・けいたろう)は眉をひそめた。
 おはよう、と新田侑志は顔を上げて言い、よっす、と井沢は下を向いたまま呟く。
 富島彩人(とみじま・あやと)がため息をつきながら姿を見せる。
「誰もいないかも、とは言ったが確実に誰もいないとは言えないし、言ってないだろ」
「まー新田くんとてっちゃんなら別にいいけど……大学案内って今見てる?」
「最新のは俺が読んでる。代わろうか」
「ありがと。でもいいよ、去年のでも大して変わらないでしょ」
 永田は侑志の隣に立ち、一号前の大学案内を手にする。
「新田くんはもうやりたいこと決まってるんだもんね。中学校の先生だっけ」
「永田は?」
「僕はやりたいこと特にないんだよね。きょうだい多いから、お金もないし無理に大学行かなくてもいいかなーとも思うんだけど、あっちゃんがさ」
「目標のない高卒は、モラトリアムの大学生よりつぶしがきかないぞ」
「って言うからさー」
「確かに、進んで高卒の人って目的というか覚悟定まってる感じするよな……」
「それはまぁ何となくわかるけど」
 永田は明らかに読んでいないペースで頁をめくっている。
「てっちゃんは? もうどこ受けるか決まってんの」
「これかそれ」
 井沢が手元の本と壁のポスターを指差す。永田がげぇと汚い悲鳴を上げる。
「警察か自衛隊? 正気?」
「オレ早く金ほしいし。安定してるとなおいい」
「いや命あってこそでしょそんなの」
 永田の指摘に、井沢は乾いた笑いを返しただけだった。
 侑志は肩をすくめて、赤本コーナーで過去問を見ている富島に話を振る。
「富島は? 赤本見てるってことはもうどっか決めてんのか」
 富島は黙って本を目の高さに持ち上げ、背表紙を侑志に見せる。『東京大学』。
「お前がそれやるともう嫌味にもなんねぇよ」
「僕も別に受けたいわけじゃない」
「渋々受けるレベルのとこじゃねぇんだわ」
「あっちゃんのことだから、もともとそれが都立高校受ける条件だったとかなんじゃないの」
 進路って普通交換条件で決めるもんじゃないけどね、と永田は涼しい横顔で言い切った。
 富島は苦い顔で黙っている。井沢はやわらかい声で言いながら本を棚に戻す。
「オレ、慶太郎のこういうとき絶対謝らないところ好きだな」
「実際僕悪くないもん」
「だよな。富島が悪いよ」
「重々承知だ」
 富島も過去問を置いて、侑志も頭に入らない資料を見るのをやめた。
 たった一年後には、自分たちはもうここにはいない。高葉ヶ丘高校を受験した理由も、ほどなく意味をなさなくなる。
 逃げたかった侑志も。忘れようとした井沢も。やり直そうとした富島も、それに付き合ってやった永田も。みんな等しく高校生ではなくなるのだ。
 過去も今も、一切合切の責任を両肩に背負って、未来と呼ぶしかない荒れ野をそれぞれ進んでいく。
 侑志は埃に曇った壁掛け時計を見上げた。家を出てから一時間三十九分経っていた。

【感想】
 お手本はカフェで五人がしゃべっていたが、会話メインのオリキャラ五人っていきなり読まされるのつらいよな……と思って一人減らした
 慶彩はニコイチなので増減もこの単位です
 お手本がほぼト書きだったから真似するつもりだったのに、途中から説明したくなってしまった

 

 

 なんとか無事完走しました!
 長い期間お付き合いくださり、本当にありがとうございました!!

 

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