『文体練習』レーモン・クノー 著・朝比奈浩治 訳
バスの中で起こった出来事を99通りの文体で書いた本。
この本の真似をして、(ほぼ)毎日一題文体の練習……というより実験をしていく企画です。
1 メモ 2022/09/25
高葉ヶ丘高校の校舎、朝の進路指導室。
学ラン姿の侑志(ゆうし)、襟元は開けている。184cmの長身。二年生。大学案内を読んでいる。教育学部を受験するつもりである。
ドアが開く。井沢徹平(いざわてっぺい)が入ってくる。侑志を優等生と呼んで茶化す。
井沢は警察官採用試験の過去問を手に取る。
侑志は、警官を目指すのかと尋ねる。
井沢が、果てはお互い公務員だなと言って笑う。
【感想】
基本形。
朝の進路指導室、先生はいないけど資料見たり自習したりはOKで、結構好きだった。
2 複式記述 2022/09/26
高葉ヶ丘高等学校の高校の校舎の建物、午前中の朝の進路指導室の部屋。
詰襟の学ランの標準服を着用して身に纏っている背の高い長身の中だるみ学年で高校二年生の新田侑志が、最高学府大学の案内を説明している書籍の本を黙読しながら閲覧している。
ドアの扉が開扉して開くと、同窓生で同じ高校の生徒である井沢徹平が入室して踏み入ってくる。
井沢はチームメイトで部活仲間の侑志を優等生の模範的生徒とからかって揶揄する。
井沢の右手の利き手が、公務員の警察官採用試験の昔のテストが記された過去問題集を持ち上げて取る。
侑志は、警察官のおまわりさんを目指して志すのかと訊いて尋ねる。
井沢は、果ての末路はお互いともども公僕の官吏だなと口にして発語し笑って破顔する。
【感想】
冗語を作るのが意外と難しい。が、普段気付かずにやっていそうな箇所もある。
→同じことを言い換えて何度も言っていないか確認する習慣を作る
3 控え目に 2022/09/27
二人の高校生がおりました。
どうにも進路について調べているようでございます。
どちらも公務員を目指しているようでありました。
【感想】
例文を見ても「控え目」の定義がよくわからないので、適当にふわっとさせるしかなかった。
これでは「控え目」というより「婉曲」なんじゃないのか?
原語でしかわからないニュアンスなのかもしれない。
端から完全再現はできないし、わからんときはわからんままにとりあえずやっていくことにする。
4 隠喩を用いて 2022/09/28
若人のための水先区で、やがて巣立つ白い鳥が、変化する風向きを見ている。
旅慣れた黒い鳥が、水の流れを確かめにきた。羽を広げて先客に挨拶をする。
俺の近くの海を渡るのかと白い鳥が問えば、着くのは同じ岩かも知らんと黒い鳥は笑った。
【感想】
お手本も「若鶏」だったので変えようか悩んだが、結局「卒業」=「巣立つ」という安直なイメージにすがった。
隠喩は前に出たイメージと乖離しすぎても混乱をきたすし、ひとつのイメージを引きずり続けるほど本質からは遠ざかるような気がする。
5 遡行 2022/09/29
果てはお互い公務員だな、と井沢は笑った。夢が叶えばそうなるだろう。
井沢は侑志が教員を目指すことを前々から知っていたし、侑志も、井沢が進路指導室に入ってまず警察官採用試験の過去問を手にしたのを見ていたのだ。
井沢が後から入ってきて、侑志は先にいた。
進路指導室が一番空いていて、気兼ねなく使えるのは朝だったからだ。
【感想】
ただ逆から書くだけならそんなに、と思ったけど、遡りながら時系列を乱さないようにするのが思った以上に難しかった。
途中で説明を入れると時間の流れが正の方向に戻ってしまう。
6 びっくり 2022/09/30
朝の進路指導室でだよ? 侑志のやつが大学案内を読んでやがったんだ!
そのうえ井沢が入ってきて、あろうことか、優等生だなんて茶化して!
言うに事欠いて、果てはお互い公務員だって? なんだってんだ! まったく!
【感想】
「侑志のやつが~読んでやがった」は言いすぎた。
お手本もそこまで口は悪くなかった。加減が分からず勢いでやった。ごめん。
7 夢 2022/10/02
スカイグレーの校舎の一番上、ゼニスブルーの窓の向こうに大きな影とそうでもないのが二つ揺れていた。
お互い手にしているのは本のようだ。表紙はボトルグリーンに沈んでいてタイトルは見えない。
のっぽの方が何事か問いかける。並みの方が大人びた笑いを漏らす。
外にはクリームイエローのやわらかい朝陽。
そこでわたしは目が覚めた。
【感想】
色で押し切ってるじゃねぇか!!
最後の行は、お手本が「そこでわたしは目が覚めた。」なので敢えてそのままいった。「わたし」って誰だよ!
8 予言 2022/10/03
明くる朝、君は授業の前に進路指導室に向かうだろう。他の生徒もおらず落ち着いて資料を閲覧できるからね。
散らかった資料棚を軽く整頓してから――どうも君はあの雑然とした状態を看過できそうにない――大学案内を手に取る。
君が見るのはきっと教育学部のある大学ばかりだ。結局は、この日見なかったA大学の文学部教育学科に進むことになるけれど。
きっと井沢くんも入ってくるだろう。パンフレット置き場の『自衛官募集』のチラシに、君に気付かれないぐらい素早く目を走らせ、まるで迷いなどなかったように警察官Ⅲ類Bの問題集を開くはずだ。
君はそれに目を留め進路についての質問をする。真面目に返事をしてくれないかもしれないと思う。その予想は半分当たっている。
「果てはお互い公務員だな」
【感想】
語りは誰なんだ、総志か?(総志ではない)
呼びかけが二人称で「君(お手本では『きみ』)」なので、井沢を呼び捨てにするのも据わりが悪く「井沢くん」にした。
予言とは関係ない書き足しもあるが、このところどんどん表現が痩せてきている気がしたので、少し動きを出したかった。
ストーカーの語りみたいになった。なぜ二人称のときにやってしまったんだ。
9 語順改変 2022/10/04
侑志が、学ラン姿の、資料を、進路指導室に、朝の、読みに来た。
侑志を、入ってきて、井沢が、からかう。
質問し、侑志が、手にする。井沢が、過去問を、笑う。
【感想】
ただランダムに入れ替えても何の練習にもならないので、ある程度規則を持たせて入れ替えることにした。
まず文節ごとに書き出して、番号にそって組み立て直している。
(4 3 5 2 1 6)(3 4 1 2)(4 3 2 5 1 6)
実際読みやすい文章を書くためには(というより、読みやすさを意識して推敲していくには)、「最適ではない語順に気付く能力」と「最適な語順に並べ直す能力」が必要だ。
日本語は、構造的にある程度語順が変わっても意味が通ってしまう。だが「意味が通じる」=「スムーズに意味を捉えられる」ではない。
ストレスなく読み進めてもらうために、語順については今後も意識していきたい。
10 虹の七色 2022/10/05
青春の学び舎で、黒い詰襟の少年が色とりどりの本の前に立つ。
赤本や青本を整頓し直し、まだ何ものにも染まらぬ手で目当ての本を取る。
小麦色の肌の少年が入ってきて、よぉ優等生、と茶化す。
詰襟の少年は鼻白むこともなく、紫外線に焼けた少年の青写真について尋ねる。
赤裸々な答えは返ってこない。どうも黄金色の未来を信じているわけではなさそうだ。
【感想】
「7 夢」を色で押し切った報いをここで受けようとは。
実際の色を並べるだけでは芸がないので、慣用句なども使ってみようとした。みようとした……。