3話 It’s All Right - 2/6

オシャレ?

 懇意だというスポーツ用品店に連れていかれて、侑志はひとまず手持ちでも買える帽子を購入した。これだけでもチームの一員らしさは大分濃くなる。
 岡本と井沢はそのまま駅に向かい、侑志と朔夜は元来た道を戻っていた。車線の多い大通りは車がひっきりなしに行き交ってにぎやかだ。半面歩行者はあまりいなかった。
 朔夜は小石を蹴飛ばしながら歩いている。間を持たせられず侑志は質問をひねり出す。
「あの。岡本先輩って、どんな人なんですか」
「いいやつだよ。ひとの悪口とか全然言わないし、本気で怒ったとこも見たことない」
 朔夜の足が小石を側溝に落とす。綺麗なキックだった。
 侑志は黙って目を伏せる。
 店に行くまでの間、岡本は朔夜と井沢の話に頷きつつ、少し後ろにいた侑志にも何度も声をかけてくれた。いいやつ、という朔夜の言葉に偽りはないのだろう。
「なんだよ、お前も人見知りだなぁ。岡本はウチで一番優しいんだから、恐がんなくていいって」
 私には態度デカいくせに、と朔夜は侑志の背中を叩いた。
 笑い飛ばすべきだと解っているのに、付き合ってんのかなという井沢の一言が引っかかって、言葉が出てこない。
「新田?」
 朔夜が顔を覗き込んできた。妙に気遣わしい表情なものだから、侑志は目を背けてしまう。声だけはどうにか普通に戻せた。
「岡本さんも投手なんスよね。投げてるとこ何度か見ました」
「ああ、そう。嫌がるけどね」
 朔夜は前に向き直る。新しい石はドリブルされず植え込みに一直線だった。
「投手って特殊なポジションだからさ。アイツみたいに何でもかんでも自分のせいにして抱え込んじゃうやつには、ちょっとしんどいよな」
 また随分と優しい言い方をするのだな、と思った。侑志のときはもっときつい言い方だったはずなのに。
 朔夜が立ち止まる。
 赤信号だ。侑志も足を止める。朔夜が苦笑して振り返る。
「そういう意味ではさ、新田も心配だよ。ひとの気持ちばっかり考えてるだろ」
 青になった。白いスニーカーが、横断歩道のラインだけを踏んでリズミカルに跳ねる。黒いローファーが後を追う。
 もしかしたら岡本がどうこうではなく、グラウンドの外ではあまり激しい人ではないのかもしれない。自分が汚い言葉を使うから、そういう風に返されてしまうだけなのかも、しれない。
 猫のいる文具店の前を過ぎる。高校まで戻ってきた。
 侑志も朔夜も、ここからまた家まで徒歩だ。談笑する女子生徒の一団が校門を出てくる。カラフルなブラウスに各々違う模様のリボンタイをつけている。
「そういえば、朔夜さんってセーラー服なんですね」
 呟いたら、いきなり尻に膝蹴りを喰らった。
「うるさいな、どーせ似合わないよ!」
 脚太いしデカいしゴツいし皓汰には二丁目のイメクラとか言われるし、と朔夜は胸元のスカーフをぐにぐに揉んでいる。弟もえげつないことを言うなぁと思いながら侑志は尻をさする。
「動きやすい服のが好きだろうなって勝手に思ってただけで、他意はないんですけど」
「べーつーにー……私服だと毎朝考えるのメンドくさいし、深い意味とかないけど」
 口を尖らせて、朔夜はしきりにスカートのプリーツをいじっている。白いハイソックスの上を紺色の裾が何度もかすめていく。
「靴下、紺か黒の方がいいと思いますよ。収縮色だからスッキリして見えるし、そっちの方が朔夜さんのイメージに合ってるから」
 さっきの女子たちを何の気なしに見送って侑志は呟く。朔夜が幾度も瞬きして侑志を見上げた。
 ――やばい。
 失敗に気付いた侑志は、左手を自分の口許に叩きつけた。
「すみません! 気持ち悪いですね俺」
「え、そんなことはないけど」
「なんか親が服飾関係の仕事なせいか変に細かいって言うかなんかもうホント、キモくてすみません」
 中学生の頃、想いを寄せていた女子にそのことで気色悪がられたのだ。以来女子の服装に口出ししないと心に決めていたはずなのに。
「キモくないっつってんだろ。落ち着けよ」
 そのうろたえようの方がキモいと言われてまた、すみませんと言ってしまう。
「すごいじゃん。そういうの、もっと教えてよ」
 コンビニを過ぎて寺の方へ曲がると急に緑が増える。中を通って行こう、と朔夜は境内に入っていく。幕末の武士が云々という立て札も、朔夜が傍で笑っていると気軽なものに見える。
「スカート、ちょっと裾詰めてもいいんじゃないですか。もう少し膝が見えた方が明るい印象になると思うんです」
「タイは? 他の子がしてるみたいなリボンのがいいかな」
 朔夜がしているのは、高葉ヶ丘伝統の紺タイだ。見た感じではセーラー服と同じ硬い素材。クラスの女子が、正直これはないと言っていた。朔夜は一年間素直にこれをつけて登校してきたらしい。泣ける話だ。
「肩幅とか気になるんならオススメしませんけど。市販のリボンタイって基本ブラウスに合わせるのが前提なんで、セーラーでつけると小さく感じるんですよ。その分身体が大きく見えるんです。それにセーラー服自体のフォルムが四角いから、ああいう角張ったものはなるべく避けた方が無難だと思います。カーディガンとか羽織っちゃえばそんなに感じないかもですけど」
「へぇ」
 へぇ、と感心したようにもう一度呟いてから、新田はすごいなと朔夜は微笑んだ。初めて会ったときの尊大さや、一打席勝負をしたときのぎらつきは全く感じられない。この様子しか知らなければ、侑志も少年と間違えたりはしないだろう。
 朔夜が軽やかに歩を進めるたびに、二つに結わいた黒髪が跳ねる。いつも日光と砂にさらされているとは思えない艶やかさだ。しなやかに動く身体は本人が言うほどに骨張ってはおらず、高い身長も鍛えられた手足にはむしろ似合わしい。
 彼女は自分が思っているより、きっと綺麗だ。
「新田、ねこ」
 朔夜が、ぼーっとしていた侑志の右腕を引く。駐車場で日向ぼっこをしていた三毛猫が、こちらの姿を認めて車の下に滑り込む。
「行っちゃった。皓汰は猫と仲良くなるの上手いんだけどな」
 いっぱいいるんだよこの辺、と朔夜はしゃがんで猫と目線を合わせる。汚れますよ、と侑志は硬い声で呟く。猫はするりと抜け出て姿を消してしまった。
 寺を出た後Y字路であっさり別れた。駆け去った朔夜は振り返りもしないのに、侑志は長い間そちらに向かって腰を折っていた。

「つーかさ、桜原も新田も、朝練の後すぐ一限体育ってキツくねーの?」
「別に。朝練って軽めだし、どうせ今はテニスだし長いものを振ってボールに当てていくという点では同じ」
「いや、同じかなぁ?」
「桜原の基準がよく分かんねぇよ」
 木曜の朝、部活を終えた侑志と桜原は、部室で指定ジャージに着替えて鞄を共用更衣室まで持っていった。次の授業はA組と合同なので井沢も一緒だ。
 また外に出てグラウンドを目指す。空は灰色。井沢が楽しみにしている初練習まで持つだろうか。
 桜原が急に訝しげな声を出す。
「朔夜? なにやってんの」
「お、やっと出てきた」
 朔夜は人工芝へ続く階段脇で携帯をいじっていたが、こちらの姿を認めると顔を上げた。あの人も普通の女子高生みたいにメール打ったりするんだ、と当たり前のことがちょっと面白い。
「教室行く前に新田先生に採点してもらおうと思ってさ。なかなか来ないから皓汰にメールするとこだった」
 朔夜が身体ごと向き直ったとき、今日の装いがはっきり見えた。その瞬間に侑志の息は止まる。
 ボタンを留めず羽織っただけのベージュのカーディガン。襟には昨日と違って白いスカーフ。丈を詰めたスカートから膝が見えて、ハイソックスはワンポイントの入った紺色に変わっている。
「なんか言えよ」
 朔夜はぶっきらぼうに口を尖らせた。侑志は口を開けるばかりで声が出せない。
 聞き流してよかったのに、この人あの後全部やったんだ。俺の言ったこと全部信じて実行して、見せに来てくれたんだ。
 何か返さなきゃ。言わなきゃ。
 ちゃんと、ほら。
「かわ」
「すっげーかわいいっすね!」
 目的を遂げる代わりに侑志は井沢の頭を叩いていた。
「何すんだよ新田ぁ」
「うるせぇ!」
 自分の意気地がないだけなのに井沢に当たってしまって二重に泣きたい。
 朔夜は、うーんと首を捻ってカーディガンを脱いだ。
「やっぱこの時季、冬服の上にニット暑ィわ」
「あっ」
 それ男物なの、なおさらいいと思います! と言いかけてそれはもうファッションではなく趣味の範疇だからと飲み込んだ。こんなことを異性の後輩に言われたら気持ち悪いに決まっている。
「あか、ぬけ、ましたよね、だいぶ」
 これもどうなのだという気もするが。
 そう? と朔夜ははにかんでくれた。
 今の勢いなら言えそうだ。朔夜は自分を信じてくれたのだから、適正な評価で返さなければ。
「あの、朔夜さ」
「ん、予鈴。朝練の日に遅刻すっと父さんのせいになっちゃうからもう行くわ」
「走って階段転ばないでよ」
「皓汰もテニスでデッドボールすんなよ。ドヘタクソ」
 朔夜は弟に笑顔で手を振って、昇降口まで駆けていく。
 侑志は黙って井沢の尻に蹴りを入れた。
「いって、なに? さっきから」
「うるせぇ。俺らも遅刻しないうちに行くぞ」
 階段を駆け上がる。ついてくる二人の会話が聞こえる。
「なー桜原。朔夜センパイ、なんでおしゃれしてたん? 放課後デート?」
「今日は放課後も部活だよ」
 そう、桜原の言うとおり、放課後も部活だ。

 そして放課後。井沢が胃の中身を戻した以外はつつがなく練習も終わり、野球部は学校に戻ってきた。
「今から配る」
 裏門付近に車座になったところで、立っている監督が口を開いた。手元のメモに目を落とし、いきなり本題に入っていく。
「まず永田が1」
「はい!」
 永田は裏返った声で返事をして、朔夜からゼッケンを受け取っていた。
 以下、
 2 森貞(三年・主将)
 3 八名川(二年・副主将)
 4 相模(三年・副主将)
 5 坂野(さかの)(二年)
 6 桜原皓汰(一年)
 7 早瀬(はやせ)(二年)
 8 三石(二年)
 9 岡本(二年)
 10 桜原朔夜(二年)
 ここまで言って監督は顎ひげに触れた。
「新田と井沢。ひとつ訊くが」
 侑志は息を呑んで続きを待った。
 何を訊かれるのだろう。二人とも野球から離れていた期間はほぼ同じ。基礎体力なら侑志の方が維持できているが、そもそもの実力を考えると井沢の――。
 しかし監督の質問は、侑志が考えたのとは全く関係のないことだった。
「スコアつけられるか?」
「できます!」
「つけれません!」
 侑志と井沢は張り合って真逆の返事をした。監督は頷いて残りをすっかり片付ける。
「じゃあ11番・井沢。12番・富島。記録員・新田。以上」
 アピールした能力に相応しい肩書きを得た侑志のそばで、はい、と富島が涼しい顔で答えた。
 つーか監督、じゃあって言った。申告しなきゃよかった。
 膝を抱えて雑草を見つめていたら、目の前に10番が突き出される。
「心配しなくても夏にはお前のもんだよ」
 ジャージ姿の朔夜が呆れ顔で立っていた。侑志は頭を振って腰を上げる。おこぼれを期待しているなんて思われたくない。
「スコアつけんのなんかすげー久しぶりで、あんま自信なくて。そんだけです」
「自信満々に『できます!』って答えてたくせに」
 けらけらと笑う朔夜。途中に入ったのは侑志の口真似だろうか。そんな言い方はしていない、と思う。眉をひそめていたら右肩を軽く叩かれた。
「明日、放課後に部室な」
「え、だって明日は部活ない……」
「だから、私が少し見てやるよ。明日空いてるよな? ていうか空けるよな?」
 人差し指が鼻先に振り下ろされる。侑志は反射で首を縦に振る。朔夜は満足そうに頷き、忘れたら殴り倒すからな、と朗らかな口調で物騒なことを言って歩み去った。

「よぉ、来たな」
 机に両脚を載せて座っていた朔夜が振り返る。侑志としてはスカートでそういうことをしないでほしい。入り口側からは見えないとはいえ、いつ窓のそばを人が通るか分からないではないか。
 金曜の部室には朔夜しかいなかった。普段は部活がない日も誰かしらいるらしいが、この時季は体育祭の練習がある。
「まぁ座れよ。突っ立ってないで」
 朔夜は両足を床に下ろして、隣の椅子を指差した。部室の中央には学習用机が四台、給食の時間よろしく向かい合わせで置いてある。朔夜がいるのは入り口から見て右下の席だ。
 侑志は一礼して左隣に腰を下ろした。
「前回の試合経過、読み上げっから書き込んでみ」
 スコアシートを渡される。朔夜の与える情報に従って書き留めていく。手が止まると朔夜の左手が教えてくれる。
 潮騒のように響いてくる、グラウンドの生徒たちの声。細く開いた窓から緩やかに外と繋がっている。相互に干渉はせず。
 右利きと右利きがそうであるように、左利きと左利きは衝突しない。折々感じていた不自由を忘れる。ともすれば、自分が今まで息をしてきたのは鏡の中の世界で、こちらが本物なのではないかという錯覚に陥りそうになる。
「そろそろ自信ついたか」
 朔夜の声の質が変わり、侑志は我に返った。
 はい、と頷くと、うん、と朔夜が頷き返す。
「特に質問なければ、これで終わりでいいけど」
「あの、あります」
 立ち上がろうとしていた朔夜に、侑志は呼びかけた。朔夜は首を傾げて侑志を見下ろしている。セーラー服の白いタイにかかる黒髪。侑志は視線を泳がせて問いを続ける。
「今度の試合、朔夜さんも投げるんですよね?」
「多分な。岡本とリレー。まだどっちが先か分かんないけど」
 朔夜は再び腰を下ろし、スコアブックを緩慢に撫でた。使い込まれた表紙にたくさんのシートが紐で綴じてある。
 ずっと彼女が一人でつけてきたのだろうか。その間、誰かが投げるのを見ているだけで。
 侑志は俯いて学生服の袖についているボタンを握りしめた。
「岡本さんてどんな投手なんですか」
「お前、ホント岡本のこと気にすんね。どうしたの」
「だって、そのうち俺も岡本さんとセットで投げるみたいだから」
「ああ、そゆこと」
 朔夜は腕組みをして、岡本の名前が貼ってあるロッカーを振り返った。
「悪い投手じゃないんだけどね。試合で投げるのが本当に嫌いで」
 侑志が公園で何度か見かけたときには、渋々やっているという印象は受けなかった。ただプレッシャーに弱いのか、試合のマウンドを妙に恐れるらしい。
「この前の練習試合は岡本が背番号1だったんだよ。私はファーストで、スコアは永田がつけてた。そしたら枠には入んねーわ打つ方もボロボロだわ、やっぱ向かないこと無理にやらすもんじゃねーなってことになってさ」
「そんなに嫌なんすか? エース」
 侑志は自分を含めて、投手というのは結局のところ前に出たがりなのだと思っている。そういう意味で岡本は投手向きの性格とは感じなかったが、話を聞く限り問題は別のところにありそうだ。
「打率はウチで一番いいし、外野の守備だって何度危ないとこ救われたか分かんないよ。けどマウンドだけはダメなんだ、あいつ」
 朔夜は呟いたきり口を閉ざした。侑志も黙っている。本当はそんなことが聞きたかったのではないと、自分でも薄々気付いている。
 訊きたい。知りたい。聞きたくない。言えない。
 何をなのか明確に認識してしまうのが、怖い。
「でも、ま、あれだ」
 朔夜は首の後ろをかきながらまっすぐ前を見た。
「あいつは口で何言っても、本気で逃げ出したことはねーから。そういう意味ではすごく信頼してるよ。みんなそうだと思う」
 そうですか、としか言えなかった。他にどうしていいのか分からなかった。
 誰かが扉を開ける気配がする。入ってきたのは当の岡本だった。
「あれ、ごめん。取り込み中?」
「いや、もう済んだ」
 朔夜は短く言って伸びをした。
 失礼します、と岡本は靴を脱いで上がってくる。
「ミツ知らない? メール、返事来なくてさ」
「今日は見てない。何か用?」
「借りたもん返そうと思って」
「エロ本だろ、エロ本」
 朔夜はにやにやと笑った。女の子がそんな単語を平気で言わないでほしい。岡本も顔を赤くしている。
「違うよ。CD」
「わりわり。三石って聞くとどうも、なぁ」
 他の相手とでも岡本とでも、朔夜の口調はさほど変わらない気がしてきた。井沢の勘繰りが過ぎただけではなかろうか。深刻ぶっていた自分がバカらしく思えて……いやいや、ていうか別に、深刻とかなってねーし、俺。
「なに借りたの?」
「TAKE6」
「知らね」
 大物アーティストも朔夜にかかれば三文字だ。苦笑を見るに岡本も最初から期待していなかったらしい。いたたまれないので代わりに侑志が口を挟んだ。
「洋楽好きなんですか」
「うん、割と。詳しくはないけど。新田は知ってるんだね」
 岡本はにこにこと侑志の前に座った。侑志こそ、語れるほど詳しくはないので困ってしまう。
 朔夜は頬杖をついてむくれている。
「新田っていろんなこと詳しくてオシャレっぽくてズルいよな」
「俺のは全部親の受け売りだから、別に何も――」
 言いかけて、侑志は途中で締め方が分からなくなってしまった。岡本がやわらかい口調で続きを引き受けてくれる。
「お父さんお母さんの好きなものに興味を持って、それを覚えて自分のものにできるっていうのは、新田自身の素質だもんね。元々感覚が備わってるんじゃないかな」
 ほらみろ、と朔夜が肘で突いてくる。侑志は何か返そうとしたが、ちゃんとした言葉にはならなかった。
「まぁ何でもいいや。岡本、趣味合うならなおさらこいつの面倒見てやってよ。スコアつけさすためにスカウトしたんじゃねぇから」
 な、と侑志の右肩に手を置く。岡本は投球の話をされた途端に顔をこわばらせ、侑志より早く深々と礼をした。
「ふつつか者ですが、よろしくお願いいたします」
「オメーが後輩に頭下げてどうすんだよ」
 朔夜は大袈裟にため息をついて、椅子にふんぞり返る。
「あんま情けないこと言うなよな。そんなんじゃ木田(きだ)さんに嫌われ――」
「さ、朔夜!」
 岡本は大声を出して立ち上がろうとしたが、誰かが置きっぱなしにしたプリントで手を滑らせ、そのまま机に突っ伏した。朔夜はにやにやと岡本を指差し侑志を見る。
「こんなだからさぁ。アレなときはお前が引っ張ってやってくれよ。せめて木田さんに顔向けできるような男に……つってもゴリゴリの片想いだけど」
「やめて、朔夜、やめて」
 岡本が涙声で顔を上げた。とりあえず、二人が付き合ってるってことはないなと侑志は判断した。
 それから、桜原弟が来たのを潮に全員部室を後にした。
 結局岡本とはまともに話せずじまいだった。