第五章 春風とともに - 1/3

SIDE Rethe

 

 

二度目の春

 

 裏切り者は、レテたちをベグニオンに連れて来てくれた船長・ナーシルのようだった。
 ナーシルはクリミア軍の眼前でイナを逃がした事実と、密通、窃盗などの容疑で身柄を拘束されている。
 レテは別にどうとも思わない。ラグズの面汚しめ、と今までのように吐き捨てるのは簡単だったが、そういう気にもなれなかった。
 思い煩うほど、レテはナーシルのことを知らない。
「よぉ、半獣」
「ラグズだ」
 王城の物見に立っていたら、珍しくシノンに話しかけられた。
 反射で答えてしまってから振り返ると、お前ら――多分アイクのことだろうが――おんなじ返し方すんのな、と笑われた。
「『虫』のことでも考えてたのか?」
「虫?」
「密偵のこと、そう呼ぶんだよ。身中の虫。難しかったか?」
「……いや。言い得て妙だな」
 シノンの髪が風に流れる。ジルも似たような赤い髪色をしているが、シノンの紅の方がやや黒味ががっている。まるで酸化しかけた血のようだ。
「今までは、半獣っつーのはケモノみたいに暴れるだけの連中だと思ってたけどよ。膨れ上がって竜に化けるわ、澄ました顔で味方を売りやがるわ、想像以上の害悪だな」
「一応隣にその『半獣』がいるんだが?」
「知ってて言ってんだよ、『ラグズさん』」
 シノンは嫌味たっぷりに応酬してきた。だがレテも、シノンの言わんとすることは解らないでもない。
 同じ『ラグズ』というくくりでも、獣牙の民と竜鱗族はあまりにも違う。裏切りはナーシルという個体としての行動だったにせよ――獣牙族なら、そんなことをしようなどとは思わないだろう。
「とにかく、デインやクリミアにも色々な者がいるように、一握りのラグズを見て全体を見た気にならないことだな。二度裏切った『ベオク殿』?」
「うるせーよ。生存戦略だ、ありゃ」
 シノンはひっつめた頭をがりがり掻いた。レテは肩をすくめる。
「アイクはどうしている?」
「知るかよ。軍議だ。セネリオの坊主が珍しく荒れてたな」
「知っているんじゃないか」
「うるせぇ」
 ありがとう、と呟くと、シノンは一瞬間の抜けた顔をしてから、さっさと行けよと眉をひそめた。

 

「俺たちは正面から入る。何事もないのが一番だが……レテたちは念の為、裏口を押さえてくれ」
「分かった」
 アイクに、捕虜絡みで行きたい場所があると言われたときは少々驚いたが、向かう先が神殿だというのには二度驚いた。心深いとも思えないアイクが、聖域とされる場所に踏み込もうということ自体が意外だったのだ。
 ともあれ、ついてきて欲しいという頼みを拒む理由はない。ついてきた以上は協力するということも。
 事前に預かっていた、神殿の地図を開く。
「よし。モゥディは納屋の方を守れ」
「オぉ!」
「鳥翼族は上空へ退避しつつ警戒を頼む。必要なら状況報告と誘導を」
「合点!」
「承知した」
「ムワリムは――ムワリム?」
 レテは眉をひそめ、返事をしないムワリムを向いた。彼は呆けたような表情でレテを見つめている。
「どうした。戦地でするような顔ではないぞ」
「ああ、いや、その……」
 ムワリムは目を逸らし、口元を覆いながらもぞもぞという。
「レテがあまりにも自然に指揮を執っているものだから。疑っていた訳ではなかったが、改めてレテはガリアの将なのだなと……」
「お前の同胞であることは変わらんよ、兄弟」
 レテは笑いながらムワリムの背を叩いた。
「お前は井戸のそばの勝手口を頼む。場所は分かるか?」
「あ、ああ。把握している」
「そうか。私は大口を守る。散開だ、無事で会おう」
 大きな背中を送り出す。
 レテも自分の持ち場に着き、間もなく鷹王の『目』が叫んだ。
「早速おっぱじめやがった! 来るぜ、獣牙のみなさんよ!」
 まったく、たまには穏便にことを済ませてはくれないものか。
 短く嘆息してから、レテは戦士の横顔に戻った。
 結局裏から出てきたのは二人ほどで、どちらも戦意はなさそうだったので素通りさせた。膝を矢で破壊されたり、炎で上体を焼かれてなお、無傷の獣牙族に立ち向かおうとする者もあるまいが。
 喧騒が去り、しばらくしてから転がり出てきた三人目を、レテは慌てて抱き留めた。それはあまりに憔悴した自軍の将であった。
「アイク! 一体どうした?」
「……んでも、ない。少し血のにおいに酔った。セネリオに外の空気を吸ってきた方がいいと、言われて……」
「分かった、事情は分からんが状況は分かった。とりあえず座れ」
 レテはとにかく、神殿の壁にもたせかけるようにアイクの身を置いた。
 アイクは左腕で目を覆った。眩しい訳ではないはずだ。顔を見られたくないときの癖なのだと分かる程度には、レテもアイクの傍で過ごしてきた。
 レテは彼の隣に腰を下ろした。きっと何も話してくれないのは解っていた。
 どんな痛みを抱えていようと、将である彼はまた次の戦場に赴かねばならない。
 事情や真実など斟酌される余地もない。
 彼は誰より声を張り上げて、先頭で剣を振るわなければならない。
 自信たっぷりに胸を張り、堂々と。
「肩、借りてもいいか」
「ああ。お前には少し狭いかもしれんがな」
 突然の問いに、レテは小さく笑って答えた。彼のことをどうこう言えないほど不器用な自覚はあった。
 アイクはあどけなさを脱しようとする顔を、レテの肩に預ける。
「俺は、あんたに弱っているところばかり見せている気がするな」
「そうか? 団長殿の勇姿を一番近くで見ているのも、また私だと思うがな」
 腕を回してアイクの身体を支えると、レテは遠い故郷に想いを馳せた。
「私の親友が言っていたよ。弱さを隠さずに済む相手を持つことは、闇雲な力を求めるよりも得がたい強さだと。私がお前にとってそういう存在であれるなら、それはとても光栄なことだ」
 だからあんたがそうして、普段どおり立っていてくれるだけで、あたしはとても安心するの。
 不安なことがあったとき、キサはいつもそう言って泣きそうに笑っていた。
 あんたとあの人がいてくれれば、あたしはいつまでだって何処でだって戦えるわ。
「……あんたは?」
 アイクが問いかけてきた。レテは至近距離での不意打ちにしばし固まる。
 美しい蒼色。口付けて飲み干したくなってしまうような、澄み切った色。
「あんたにも、いるのか。この軍で、弱さを見せられる相手は」
 レテの返事がないことに焦れたのか、重ねて問われる。
 ジルやムワリムの顔を浮かべながら、レテはさぁなと目を閉じる。それでも消えない蒼色を想う。
「鍛錬をする相手なら。アイク、お前だけだな」
 呆れ返ったのか寝入ったのか、アイクは特に何も言わなかった。
 やわらかな風が二人を撫でていく。
「もう春だな」
 出逢ってからもうすぐ一年が、経とうとしている。

 

「よう、レテ」
 神殿から本隊に戻る頃には夜の帳も下りていた。ガリアでは見られない星座を眺めていたレテに、ライは別れたときと同じような気安さで声をかけた。彼とも約一年ぶりになる。
 合流したということは、いつかアイクが言っていた『ガリア参戦』が現実になったのだろう。
「無事だったのか」
「うん、まぁ……って、あれ? それだけ?」
「何か?」
「いや、その……反応薄くね?」
 面倒なヤツだなと思いながら、レテは背筋を伸ばして敬礼をした。
「御身の無事、お喜び申し上げますライ師団長殿!」
「ああ、うん……ごめん。普通でいいや……」
 ここまでしてやったのに落胆するなんて、本当に失礼なヤツだ。
 頭を振って、ライは口調を改めた。
「悪かったな。オレもいるはずだったのに、オマエとモゥディに任せきりで」
「謝罪などに意味はない。行動で返してくれ」
「相変わらず固いね、オマエは」
 ライは嘆息した後、前から手を回して、レテの髪飾りに触れた。いやに真剣な顔つきだった。
「それ、まだつけててくれてるんだな」
「約束だからな」
「じゃあ」
 もう外してもいいよと言ったら、どうする? と、その口唇は小さく囁き。レテが眉をひそめると、いい、忘れてくれとライは笑った。
 その頬にレテはそっと触れる。汗をかいた後の、ひやりとした感触だった。松明の明かりも届かない場所で、ライの顔は見慣れたものより陰鬱な色に見えた。
「少し、やつれたな。ライ」
「そうか? 引き締まったって言ってくれよ」
「いや。やつれたよ」
 レテの手のひらはライの頬を撫で、顎の方からするりと滑り落ちていく。そういえば、こんなにも近い距離で彼に触れたのは初めてのような気がする。
「預けておいた花、どうなった」
「悪い。枯らしちまった」
「いや。摘み取られた時点で、いつかそうなるのは分かっていたことだ。預かってくれただけでも感謝する」
 心の奥で確かめる。不必要に速い鼓動はない。ライは今でも、信頼できる上官で、仲のよい同胞で、許し合える兄弟だ。けれどもう、彼を恋い慕うことはないのだろうと――レテは自分がかつて抱いた、幼い想いの終わりを受け入れた。
 一歩下がって、問う。
「リィレやキサも、来ているのか」
「いや。副官は、有事の際に指揮系統が混乱することのないように置いてきた。リィレの場合は、私情を挟みすぎるからキサに預けて留守番させている」
「それはキサも苦労するな」
 レテはようやく苦笑する。だというのに、ライは浮かない表情のままだ。
「もう長いこと、会ってないんだろ。そろそろ仲直りしてもいいんじゃないのか」
「お前には関係のないことだ」
「ま、それもそうだがね」
 ライは中空に向けて息を吐いた。
「モゥディにも挨拶したい。どこにいるか分かるか?」
「さぁ。最近はイレースという魔道士と共にいることが多いようだが」
「イレース――ああ、あの線の細い子ね。モゥディは放っとけないんだろうな、ああいう危なっかしい子」
 一つ鼻を鳴らすと、じゃあなと手を振ってライは去っていく。
「活躍を期待している、レテ連隊長」
「光栄です。師団長殿」
 レテはおざなりに敬礼をして、その背を見送った。

 

「なぁ、レテってどれぐらい偉いの?」
 トパックがそんな問いを発したのは、夜明け後の行軍の最中であった。
「昨日来たあの、ライってやつはレテより偉いんだろ?」
「坊ちゃん。そのような物言いはガリアの方々に失礼ですよ」
 ムワリムはやんわりと諌め、窺うようにレテを見た。肩をすくめて気にしていないと示すと、レテはトパックに指を振った。
「ライは師団長。私は連隊長。モゥディは一般兵だ。違いが分かるか?」
「ええっと……」
 ラグズ奴隷解放軍の首領は、小さな頭を傾けて考え込んでいる。
 団体名が『軍』なのに、トップが『首領』なのだ。彼らに階級制度の知識を問うのは酷というものだろう。ムワリムは困惑気味に、視線で抗議してきている。
「坊ちゃん。まず軍を成すには、兵が軍団という単位で必要になります。これは二つ以上の師団から成り――」
「分かった分かった、私が悪かった」
 レテは笑いながら、長くなりそうな抗議を遮る。ムワリムが息をつき、トパックが怪訝そうな顔をする。
 咳払いをして、レテはもう一度人差し指を立てた。
「まず、ムワリムの話は忘れろ。あれはベオク国家の軍編成であり、それに倣っただけのガリア軍では話が変わってくる」
「なんだよ! だったら最初から、おいらには分かりっこないじゃないか」
「まぁ聞け」
 指先でトパックの怒りを制すと、レテはそのまま自分の額の高さに手を持っていった。
「まずは最大の単位、これがガリア軍。ガリアの軍人は、王も含め全てこの集団に属する。ここまでは分かるな?」
「うん」
 指先を少し下ろす。
「ガリア軍は六つの師団で構成されている。ライはこの末席の第六師団長だ」
「じゃあ、すごく偉いじゃんか!」
「そうだな」
 また一段下ろす。
「そして師団は四つの連隊から成る。第一連隊は師団長の直属だから、ライは連隊長でもある訳だ。私はライの師団の第三連隊長をやっている」
「充分偉いじゃん!」
「更に連隊は二つの小隊に分けられる。これが最小単位だ。うちでは、温厚なサルロと剛健なケジダというのがバランスを取り合っているよ。小隊長は実質、階級では呼ばれないがね。彼らの下についているのが、モゥディたち一般兵だ」
 見えない階段を下りてきたレテの手が、トパックの頭をくしゃりと撫でる。
「難しいことはいいさ。ガリア軍は実力主義だ。成り上がる意思のある獣牙族がいれば、いつでも送り込んでくるといい」
「うん、ありがとな。レテ」
 トパックは顔いっぱいの笑みをレテに向けた。
 彼らが目指しているものは、その場しのぎの解放ではない。砂漠のアジトはあくまで一時的な避難所であって、定住できる場所ではないのだ。皆が己が人生を見つけ巣立つまで、解散するつもりはないとトパックは言っていた。遠くを見据えたこの方針は、思慮深いムワリムの受け売りではなく、まだ幼いこの少年が自分の頭で導き出したものだ。
 レテは少年がどんなに聡明な指導者になるか、将来を楽しみにしている。
 トパックが好奇心に満ちたまなざしでレテを見上げ、何かを問おうとしたとき。
「総員止まれ!!」
 鋭い声。全軍が反射のように行進を止める。ここまで差し迫った声は滅多に聞かなかったが、それでも誰が言ったのかぐらいは分かる。
 トパックたちに断りを入れ、レテは化身して兵たちの間をすり抜けていく。 
「ああくそっ、ベオクには聞こえないのかこの音はッ!!」
 珍しく遊びのない彼を見て、大分参っているなと思った。彼がこなしてきた仕事を鑑みるに、感覚を言葉に変換できなくなるくらいの混乱があっても仕方がない。
 レテは耳をそばだてたまま、アイクの傍らで人型に戻る。
「デイン兵の足音の響き方が妙だ。何というか、やけに」
「――軽い」
 ライは確たる声で言った。
 誰しも、獣牙の言語を現代語に訳しきれずにもどかしい思いをすることはある。その場合多くが癇癪を起こすというのに、少しの時間、頭をかきむしる程度で復帰したライの精神力は、やはり生半可なものではない。
「あの橋の規模から察するに、デイン兵の移動にはもっと鈍く重い音がするはずなんだ。均一な造りなら一定の規則をもって響く。こんなに音の高低にバラつきがあるのは明らかに異常だ」
 アイクは上空を見上げた。ジルとマーシャが頷いて高度を上げる。
「敵影確認。直進すれば済むような場所を、敢えて迂回しています」
「土嚢も積んでますね。わざと通路を狭くして、狙ったルートに誘い込むようにしてる感じです」
 二人の報告を険しい顔で聞いていた参謀殿が、ぽつりと呟いた。
「落とし穴……」
 ライとレテは眉間にしわを寄せ、顔を見合わせた。
 それはゲリラ的な戦いを得意とするガリア軍が、まず最初に教わる兵法だからだ。
「あの橋、表面は多分、石だよな?」
「ああ。中も恐らく石だろう」
「連中、わざわざ切石を一個一個剥がしてったってのか? 正気の沙汰じゃないな」
「ここまで追い込まれたんだ。正気を失っても無理はなかろう」
「まぁな。考えてみりゃ、デインの戦法なんて最初から全部イカレてやがった」
 レテが視線を感じて振り向くと、ちょうどアイクが彼女の名を呼ぶところだった。
「レテ。あんたの耳が頼りだ。先陣を切――」
「ちょちょちょ、ちょっと待って!?」
 ライが大きく手を振りながらアイクとレテの間に割り込んだ。ライ越しに見るアイクは不機嫌そうだ。
「何だ、さっきから」
「いや何だっていうかさ、何で今オレごく自然にスルーされたの?」
 レテにはライの言い分が理解できた。
 しかしアイクが真顔で言うであろう台詞も予測出来た、ので、黙っている。
「だってレテはまだ俺たちが借りていることになっているが、お前はガリアの軍属だろ」
「あー、そゆこと」
 ライはようやく合点のいった様子で肩をすくめた。
「お気遣いどうも。でも多少の手違いはあったが、オレは元々こっちで手伝う予定だった。迷惑じゃなければ任務を完遂させてくれないか、団長殿?」
「そうか。なら、改めてよろしく頼む」
「痛み入る」
 小さく笑ってすぐ、ライは真顔になって参謀殿の方を向いた。
「参謀殿。あんたから見て、アイクの判断は上策か?」
「……保留です」
 参謀殿は服の肘の辺りを強く握り締めながら、ライと会話をしている。
「あなたは、こっちに来るときこの橋を渡ったはずでは? その際デイン軍の動きに何も気付かなかったんですか」
「生憎、オレが渡ってきたのは向こうの――地図を頼む。そう、この辺りの吊橋だ。民間人が勝手に作った橋らしくて、幅は人が二人並んで歩くのも難しそうだった。身を縮めてすれ違えるかどうかってとこだな。あくまで昨日の昼頃までの話だが、デイン軍もノーマークだった」
「強度は?」
「化身してないオレでギリギリだ。重装歩兵なんかは無理だろうな」
 獣牙族は一般的に、同じ体格の他の人種よりも重い。化身する前であってもだ。現にレテはアイクを抱えられるが、アイクはレテを持ち上げられない(彼は甚だ不服そうだった)。華奢に見えるライも、体格のいいベオクと同じぐらいの体重がある。
 その辺の計算もしているのであろう参謀殿が、更に問いを重ねる。
「風は」
「下から吹き上げる風は結構キツかった。横風は……今日の気候ならそれほど強くないだろう。渡る気か?」
 ライには答えるまでもないとばかりに、少年はアイクを向いた。
「ボーレ、ワユ、キルロイ、シノン、それと鳥翼族三名を貸してください」
「セネリオ。お前、何をする気なんだ?」
「王女を別ルートで離脱させます」
 参謀殿は、これ以上ないほど確かに宣言した。
「アイクに異存さえなければ、そちらの指揮は僕が採りますから」
「そんなこと!」
 許せる訳がない、と言おうとしていたのであろうアイクの二の腕を、ライが引いた。そのままアイクの顔を見ることもなく、淡々と言う。
「オレの脚で半日あまりだ。ベオクの脚でその橋を渡り、大橋の方まで戻ってくるなら夜になる。暗闇じゃ鳥翼の目なんぞアテにならないぞ」
「そんなことはあなたに言われなくとも解っています」
 ライにぴしゃりと言い放ち、アイクを見上げる横顔に、レテは以前の少年とは違う色を見た。
 エリンシア姫の安否などどうでもよかったはずだ。必要に迫られようと、『半獣』には話しかけようともしなかったはずだ。
 今はアイクの為とはいえ、王女を守ろうとしている。ライの意見を聞き、参考にしている。戦力として、鳥翼族を頼ろうとしている。アイクの傍を離れ、信頼と共に作戦にあたろうとしている。
 アイクは少年の目をしばし見つめ、きっぱりと言い切った。
「無事に戻れ。セネリオ」
「……はい。ありがとうございます」
 儚い笑みを一瞬だけ浮かべ、少年は先に申請した人員を集めにかかる。
「変われば変わるねぇ、人は」
 ライは腰に手を当てて苦笑した。アイクの口の端にも似たような欠片が浮かんでいる。
「そうだな。あいつも俺も、どんどん変わっていくよ」
「こいつも、な」
 ライはレテを小突いて笑った。お返しに頭を殴ってやった。
 別働隊が去っていくのを見送って、アイクは余分なものを出し切るように長く息を吐く。新鮮な空気を肺に送り込み、顔を上げる。
「ライ。レテ。かなり手荒な歓迎にはなるだろうが、今からクリミアへ招待する。いいか?」
「上等!」
「望むところだ」
 そしてクリミア解放軍本隊は、オルリベス大橋の攻略を開始した。