15話 Never Never Never Surrender - 6/10

調べ室にて

 黒川真希那と初めて会ったのは、中学生のときでした。
 姉の友人として家に遊びに来ていたんです。髪を染めてた姉とは違って、まっすぐな黒髪が似合ってて、綺麗な人だなって思いました。
 僕が家に帰ったとき、姉と話しながら視線だけこっちに向けて、小さく手を振って笑った。学校の女子よりずっと落ち着いてて、すごく大人に見えて、ちょっと頭を下げ返すのが精一杯でした。

 それからも黒川はよくうちに来ていて、あの日は、一人でうちのドアに寄りかかって携帯……いやピッチかな、何か小さい機械をいじってました。
 僕が帰ってきたのに気付いて、
『翠に会いに来たのにまだ帰ってないみたい』
 と大袈裟に残念がったんです。多分話しかけられたのは初めてだったと思います。動転して
『中で待ちますか』
 と訊いたんですが、
『それよりどこか遊びに行かない?』
 と誘われて。確かに話したことはなかったけど、何度も見かけて顔は覚えていたし、何より中学二年生の男子にとっては、高校生のお姉さんが遊びに行くところってどんな場所だろうって好奇心が大きかったんです。
 電車に乗って繁華街まで行きました。壮花(わかきはな)の方です。
 ゲーセンとかちょっとしたところで小銭を使って、そのあとは裏通りみたいなところを歩かされて、看板も出してないような灰色のビルばっかりの区画に出ました。
 黒川は慣れた感じでどんどん先に行って、はぐれたら帰れないと思って必死についていきました。
 着いたのはコンクリート打ちっぱなしの四角い部屋でした。映像のセットみたいにほとんど何もないまっさらな場所です。ガタイがいい短髪の男が一人で本を読んでて、黒川が入ったときゆっくり顔を上げてオレを見ました。
 それで、ええっと、ごまかすわけじゃなくて、すみません、この先は本当に記憶が断片的というか――
 真っ白いライトが熱くて、眩しくて――
 黒川がオレに乗っかって、笑いながら腰振って――
 黙ってそれを撮ってる男は無表情なのに勃起してて――
 息ができないくらい煙草のにおいと煙が――

 姉と黒川がつるまなくなったのはそれからすぐでした。そのことが関係あったかどうかまでは知りません。何かの嘘か悪い夢だったと思いたくて、黒川のことをずっと忘れようとしてました。
 高校に入ってすぐぐらいの頃、黒川がヤクザの女になったらしいとかそういう話が姉から出ましたけど、まともに聞く気にはなれなくて。
 ついこの前、壮花でまた会うまで、接触したことはありませんでした。それで全部です、すみません。

 ――え、親、ですか?
 いえ、一人で帰れますから。どうせ連絡しても無駄だし。
 いいですけど……多分無駄ですよ。
 ――お母さん? オレ、タイチだけど。……いや、『どうしても』ってわけじゃないけど。わかった。自分で何とかします。
 ――お父さん? ごめん、忙しいのに。……ごめんなさい。もう『くだらないこと』で電話したりしないから。ごめんなさい。
 すみません、やっぱり無駄でした。申し訳ないです。
 ごめんなさい。ご迷惑おかけして。