15話 Never Never Never Surrender - 9/10

エピローグに代えて 八名川為一の場合

 十代の頃の話なんて思い出すだに恥ずかしいね。「当時の気持ちで」ってオーダーだったけど、ごめんよ、お兄さんそれちょっと難しいわ。
 その代わり、あの後どうなったか、誰にも話してこなかったことを書いとく。刮目して見よ。ははは、ウソ。薄目で見てよね。

 監督は、坂野ちゃんのお父さんにちゃんと連絡してたんだよ。
 管轄区域の外で、第一臨場? っていうのに参加するのは難しいらしいのにね。坂野ちゃんのお父さんは、自分で足を運んで、床に膝をついて、『怪我はないかい』って目を合わせて言ってくれた。他の警察の人だったらオレは目を逸らして振り払ってたかもしれないけど、あの人の手は取っちゃったね。
 新田親子はあれだけ暴れてお咎めなしだった。専守防衛だった新田ちゃんはともかく、コーチは結構アクティブに殴ってたと思うんだけど、弁護士の力ってすごいわな。坂野ちゃんのお父さんも『新田くんはよく事件現場に居合わせるけど、ただそれだけなんだ』って苦い顔してた。オレも監督と同じく『日本の司法の限界』ってやつを感じたよ。
 巻き込んじゃった手前、新田ちゃんには全部事情を説明しなきゃいけないと思った。
 でもさ、生意気だね、あいつ『にゃーさんって、一から十まで聞かせ合わないと先輩後輩になれないタイプなんすか?』ってしれっと言いやがって。いつだっけ、永田ちゃんのとき? オレが言った台詞覚えててやがんの。
 オレもね、そのときは後輩の知りたがりが鳴りを潜めてる隙に甘えたんだけど。もういい加減整理もつけられたと思うから、ここらでこうやって全部過去にしたかった。

 で、あの後か。
 黒川をはじめ、その場にいたあっち側の連中は全員逮捕。オレも深くは知らされてないけど、そこから芋づる式にぼこぼこ逮捕者が増えてって、その中にはオレを欲しがった変態クソ野郎(コーチほど滑らかに罵倒語が出なくて申し訳ない)もいたそうな。これが本当にヤバいやつらで、今回みたいな誘拐・暴行、それからもっと最悪なこと……誰かをヤク漬けにしたり、女のコを風俗に売り飛ばしたり、まぁこの騒ぎはテレビなんかでもニュースになったから、覚えてる人もいるかもね。詳しく知りたかったら当時の新聞でも探してよ。
 オレもしばらくは警察署に呼ばれたりしたけど、坂野刑事が最大限配慮してくださったおかげで、多分野球部以外の人たちはオレが犯罪に巻き込まれてたことも知らないと思います。その節はどうもお世話になりまして。

 大きな危機が去って、それでオレの生活が一変したかって言ったら、別にそんなことはなかったね。
 相変わらず父は仕事を見つけちゃ深夜に帰宅するし、母はどこかで遊んでるし、姉からの仕打ちもそのまま。ひ弱なカラダのご機嫌窺って授業と生徒会と部活する生活も特に変更はなし。強いて言えば、前ほど煙草のにおいに過敏反応しなくなったかな。
 洗いざらい吐いたる気持ちで取りかかったのにそれほど書くことがなかった。わはは。何でも深刻に受け止めたがるのも若者の特権だったんだろうね。
 次、修学旅行中の話だっけ? オレら留守にしてたから、その辺のこと知れるの楽しみにしてる。
 じゃ、お忙しいだろうけどカラダには気をつけて。
 新田先生も、櫻井先生も。

P.S. あの件はもう時効だと思うけど一応謝っとく。
     ごめん。
     あのとき一回きりだったから、
     できればノーカンにしといてよ。
     ダメなら今度、何かいいモノおごりますんで。
     (ま、何もなくても口実つけておごるけどね!)