「三住は全然変わらねーなぁ」
「いやー、変わったろ? よりいい男になったっつーか」
「はっは、ウゼー」
高校卒業から十年。同期との会話のテンポは、確かに高校の頃と変わらなかった。
女子の見かけはよくも悪くも激変している。香水臭いセレブ妻になった地味子、見る影もなくなったあの日のアイドル。さすがの三住大輔も十代の頃ほど軽々しく食指が動かない。当時のキャラに従って世辞を振りまくのは簡単だけれど、同窓会ラブはしょせんドラマの話のようだ。
大輔の同期はそれでなくとも入学時より減っていた。地震の犠牲となった者、その傷から渋谷を離れた者も少なくない。
今や有名人となったFES――岸本あやせはもちろん、同窓の西條拓巳も、咲畑梨深も、折原梢も会場に姿を見せなかった。他の連中にそれとなく聞いてみても皆知らないと言う。
あの頃は地獄のようにごたついていたから、他人の行方を見失うのも仕方ないことなのだろう。
「大輔ー、二次会で移動するってよ」
「おー」
大輔はシャンパングラスの中身を飲み干した。立食ビュッフェプランのひどい安物だ。明日に残らなければいいのだが。
レストランを出て夜深い渋谷を歩く。災害の残骸は跡形もなかった。雑多なメッキは最初からこうだったように街を覆い隠していく。心の整理より先に景色が片付いてしまう。あれだけ強烈な体験だったのに、こう五体が満足だと実感まで薄らいでいきそうだ。
俺よりずっとネガティブな、嫌なことすぐ引きずっちまうあいつはどう思ってんだろう。
ふっと目の前を過ぎた影を知っている気がした。大輔はつい同期たちに断りもせず同じ角を曲がった。
赤いライブハウスの前に、姿勢の悪い青年が一人立ち尽くしている。
「タク?」
こぼれた名前に青年が顔を上げる。
落ち着きなく他人の顔色を窺う瞳はあの頃のままだった。同期会のドレスコードも学生のブレザー姿と見紛いそうに幼い。
「なんだよタク、こういうの嫌いだと思ったぜ。二次会から参加か? つかスーツ似合わねーな。七五三かよ」
事実より大袈裟にからかってみても、西條拓巳は反応しなかった。
きっと頭の中で返事している。大輔はそれを聞かないし聞き出そうともしない。
毎度のことだ。ほとんど大輔がしゃべり続けるだけ。
間を持たせるためではなく、好き勝手なペースで言葉を並べているだけだ。
「ここ懐かしいよな。一緒にFESの歌聴きに来ただろ? 俺、あんときのCDまだ持ってるぜ。岸本にはひでぇフラれ方したけど、顔と歌は綺麗だしな。どうせならサインもらっときゃよかったって結構後悔してんだ」
西條の目許と口許が不器用に歪んだ。笑おうとしていると分かった。
結局まともな笑顔になれないまま、西條は一枚のディスクを大輔に向けて突き出す。
「え、お前ちゃっかりサインもらってんじゃん! ずりー!」
思わず引ったくってCDケースを睨んでしまった。
間違いない。プリントの複製しか見たことはないけれど、これは直筆のFESのサインだ。
「あ、あげるよ。それ。み、三住くん、に」
その、と言いさして、西條は後ずさった。
続く言葉は何となく分かった。この先のことも何となく察した。
だから、鈍くさい彼の先手を打ってやった。
「『また』な。タク」
西條は目を瞠った後、今までよりはもう少しましに口の端を持ち上げた。
大輔はにっと手本を示して見送った。
――そういえば、
あのライブハウスは、
もう、
「大輔! なにやってんだ?」
同期の声で我に返る。
いくら懐かしいライブハウスの跡地だからといって、一人で浸りすぎた。
笑いながら一団に駆け戻る。
「ここでFESにサインもらったときのこと思い出しててさ。実は今日持ってきてんだ」
「なんだと、見せろー!」
あの日大輔を魅了した歌姫の声がどこかから聞こえる。
小柄で危なっかしい同級生の弾んだ足音を感じる。
大輔の女癖を批難した友人は、一見頼りない想い人の手を今も握っているのだろう。