どっちもどっちでおたがいさまで

「お前、いつまで怒ってんだよ!」
「あんたこそ、いつまでそうやってカリカリしてるつもり!?」
 ヨハルヴァとパティの言い争い――周囲曰く『痴話ゲンカ』は、もう珍しくもなさすぎて、軍内でも気にする者などすっかりいなくなっていた。
 熱くなっているのは本人たちばかりである。
「俺は『好きだ』って言っただけじゃねぇか! 何でそんなにカッカされなきゃならねぇんだ!?」
「ふーんだ、こないだまでラクチェラクチェ言ってたひとの言うことなんて、誰が真に受けるもんですかっ!」
 パティが腕組みをしてふいと他所を向くと、大きな三つ編みもぶんと揺れる。それを言われるとヨハルヴァは言葉に詰まるのだが、すぐに復帰して怒鳴った。
「お前だって、こないだまでシャナン様シャナン様言ってたじゃねぇかよ! だったらどうして泣きながら抱きついてきたんだ!?」
「それはっ……!」
 今度はパティが劣勢である。だが口の達者さで彼女が引けを取るはずもなく。
「憧れと現実の恋なんて別腹でしょ! そんなことぐらい分からなくて、なーにを偉そうに愛だの恋だの語っちゃって……!」
「――だったら、俺のもそれでいいじゃねぇか」
 しかし、今のは失言であった。にわかに真剣で、冷静な表情になったヨハルヴァに迫られて、パティには逃げ場がない。
「確かにおれはラクチェが好きだった。惚れてると思ってた。けど、そりゃあ多分憧れってやつで……お前のとは違うんだ。お前を見てると、心臓をガンガン殴られたみてぇで、苦しくなんだよ。パティ」
「ヨハルヴァ……」
 パティは俯いて、ヨハルヴァの服の裾を握った。彼女には珍しく、消え入りそうな声で言う。
「ほんとはあたしだって、嬉しかった。でも、不安だったの。ラクチェが振り向いてくれないから、あたしは代わりなんじゃないかって……好きだから、好きなのに、こわかったの」
「バカだな、お前」
 ヨハルヴァはいつもの荒々しさが嘘のように、パティの小柄な体躯を抱き寄せる。耳許で囁く。
「代わりなんかいるかよ。お前みたいな、跳ねっ返りで、意地っ張りで、眩しくて、あったけぇ女なんかよ。おれの方が、お前の理想には程遠いだろうって、ずっと気がかりで仕方ねぇってのに」
「……理想なんて、別にいいわよ」
 ただ目の前にいて。ずっとこうして傍にいて、あたしを離さないでね。
 あたしだけを見て、ずっとあたしを守ってね。
 囁き返すパティの頬を、一筋の雫が伝う。
「ちょっと乱暴だけど、すごく優しい、あたしだけの王子さま。大好きよ、ヨハルヴァ」
「おれもだ。一生守ってやる」
 ヨハルヴァの口唇がその涙を拭い、そのままパティの小さな口唇を――塞ごうとして、小気味よい音が鳴り響く。
「何で殴るんだよ!」
 ヨハルヴァは張られた頬を押さえて怒鳴った。パティは持ち前の素早さで、彼の射程距離内から離脱している。真っ赤な顔でヨハルヴァを指差した。
「だ、だ、誰がそこまでしていいって言ったのよ!」
「今のはそういう流れじゃねぇのか!?」
「ち、違うわ! もっときらきらした素敵な場所や時間じゃないと、あたしの口唇は渡せないんだから!!」
「いつどこだよ、それは!!」
「それぐらい自分で考えなさいよ!!」
 かくして再び始まる不毛な言い争い。
「毎日毎日、見せつけてくれちゃってまぁ……」
「若いな」
 未だ想い人に気持ちを伝えられずにいるラクチェが嘆息し、特に相手のいないシャナンが肩をすくめていることなど、当の二人は知る由もなく、今日も独特のコミュニケーションを続けるのだった。