14話 Faker’s Foolish Fest.

フェイカーズ・フーリッシュ・フェスティバル

 夕焼けが痛くて目が覚めた。自分の部屋だと認識するのに十秒もかかって、侑志(ゆうし)はいやに熱い額に左手を置く。
 どうしてこんな時間から寝ているのだったか。ひどく趣味の悪い夢を見ていた気がする。
「起きた?」
 柚葉(ゆずは)の声がする。また来ていたのか。ベッドの横に膝をついて侑志の顔を覗き込んでいる。
 侑志は黙って上体を起こした。差し出されたコップの中身はスポーツドリンク。一口で飲み干したら二杯目を注がれて、またすぐ空にした。
 柚葉は侑志の手からコップを取り、慎重にヘッドレストへ置く。
「おばさまから、侑志の様子見てきてって言われたんだ。倒れてないか心配だったみたい」
「ねてただけ」
 答える侑志の声は他人のもののようにしわがれている。チューニングのために興味もない問いを重ねた。
「今日、何日?」
「八月十一日だけど。ホントに大丈夫?」
 監督たちと試合をした日のままだ。ということは胸の悪くなるあの夢も現実なのか。
 背中からもう一度倒れ込む。慣れたマットレスに拒まれる感覚。錯覚だと言い聞かせてシーツをつかんだ。
 あのとき、いつもの公園で、朔夜(さくや)坂野(さかの)と抱き合っていた。侑志と目が合っても離れなかった。見せつけるように坂野に回した腕の力を強めた。侑志は意味が解らなくて、解りたくなくて、走って現場を後にした。
 それからどうしたのかはっきり覚えてはいない。着替えもしないで寝転がっていたのは確かだ。
 柚葉は床の上で居住まいを正す。
「勝手に入っちゃってごめんね。あたしを部屋に入れるの避けてたでしょ?」
 そうだっけ、と侑志は天井を眺める。
 どうして柚葉を部屋に入れちゃいけなかったんだっけ。誤解されるから? 誰に? 何を? なんで?
 冷たい指が額に触れる。バットもボールも知らない、やわらかな指が。
「あっついね。氷まくらもらってこよっか。ちょっと待ってて」
 光が淡く微笑みを照らす。
 立ち上がろうとした柚葉の右手を、侑志は左手でつかんだ。自分の心臓に持っていって強く押しつける。そうでもしないと胸が破れそうだった。
「ごめん。柚葉」
 ごめん。あの日、呆れたりして。お前がどれだけあいつのことを好きだったか、俺は半分も解ってなかった。
 手に入らなくてもいいと決めたはずなのに。
 櫻井(さくらい)(はじめ)の書いたとおりだ。
『恋は罪悪。()うして罪悪であるからには(いづ)れ糺されねばなるまい』
 侑志は今まさに糾されてしまった。罪悪の前に。
「こんなに、痛いもんだと思ったこと、なかった」
 目尻から溢れたものが耳朶を不快に濡らす。柚葉は侑志の手を振り払わなかった。もう片方の手で無礼な左手を包んだ。祈るように。
「泣いていいよ。ここにいるから」
 普段と違う鼓動を刻む胸に、柚葉の形のよい頭が載る。彼女は長い睫毛を閉じて、ゆったりと囁いた。
「落ち着くまであたし、ここにいるから。侑志がそうしてくれたみたいに」
 心臓が、喉が跳ねる。侑志は右腕を噛んで嗚咽を噛み殺した。汗をかいたままの肌は塩の味がした。
 茜色が消えた後も、柚葉の明るい色の髪は侑志から離れずそこにあった。