汝は我らを導く者ぞ

「……不満そうだな?」
 レテが呼びかけると、アイクは難しい顔で振り向いた。
 ベオク・ラグズ混合軍の総大将にされたことが、どうやら納得いかないらしい。いこうがいくまいが、預けられた責任は全うするのが彼なのだけれど。
「不満なんじゃない。腑に落ちない。何で俺なんだ?」
「ライにも言われたのだろう?ラグズとベオクが組む時点で、将軍はお前しかいないのだと」
 そこだ、とアイクは腕を組んだ。
「そこがどうも不思議だ。それだったら別に俺じゃなくてもいいだろう、種族差別を克服した奴はいっぱいいる筈じゃないか」
「そこを勘違いしているんだ。お前は」
 レテはアイクへ背を向けた。長い尻尾がくるりと回る。
「確かに我々はそれを学んだ。だがラグズとベオクに優劣など無いのだと、等しく尊い命なのだと――教えてくれたのはお前なんだ」
 もう一度アイクに向き直ると、尻尾は彼女の後ろにすとんと落ち着いた。アイクは黙って頭をかいていた。レテは一歩ずつ、ゆっくりと彼に近づいていった。
「ベグニオン兵はベグニオン人が。ガリア兵はガリア人が。それぞれ一番大切なんだ。それが悪いということではない。客観的には平等な命にも、主観的に優劣をつけてしまう。それが事実。お前だってその筈だ。団員の命は他の命と同じ重さではない、そうだろう?」
 アイクは答えない。その間にも距離は縮まる。
「だがお前だけはこう言ってくれる。『誰も死ぬな』と。時に皆が敵と呼ぶ者達にさえお前は叫ぶ。『俺達に出来ることはないのか』と、『死ぬな。共に行こう』と」
 レテは真正面で足を止め、真っ直ぐに蒼の瞳を射た。
「都合がいいからお前を祭り上げたのではない。我々はお前を望んでいるのだ……アイク」
「随分な期待のされようだな」
 アイクは曖昧に口許を緩めた。三年前によく見せた、躊躇いがちな笑顔に似た顔。
「やれるだけのことはやるさ。だが、俺は万能の英雄じゃない」
 三年前のレテはその表情に、戸惑うことしかできなかった。今の彼女は。
「それでいい。お前はお前であればいい」
 彼に対して、笑ってやれる。レテはアイクの肩に手を伸ばし、剣の柄に触れた。
「剣が重くなったなら私が手を添えてやる。霧の深い日は、暗闇の夜は、私が目となり耳となる。崩れそうなときは私が肩を支えてやる。お前はただ、お前のままに立っていればいい」
 時に儚く揺らいでも。年月を経て輝きを増し続ける、その炎こそ我等の導き。
 消さんとする風が吹き荒れても、我等がお前の盾となる。
 レテの右手がアイクの冷え切った頬に届く。
「決してお前を、一人にはしない」
 アイクはレテの体温が頬に馴染むまで、じっと黙っていた。そして徐にレテの手をはがし、握り締めた。
「……独りだなんて、思ったことは無いが」
 微笑む。四年前――出逢った頃には出来なかった、正真正銘の笑顔で。
「改めて言われると嬉しいもんだな」
 レテも笑い返す。が、一瞬で顔を伏せてアイクの胸板に額を叩きつけた。
「あの戦いで一番傷ついたのはお前だ。それを知っていながら、再び同じ場所にお前を立たせる我々を、どうか許してほしい」
「俺もあの頃よりは打たれ強くなったつもりだが?」
 アイクはその程度の衝撃でふらつきはしなかった。真っ直ぐに立ったまま、答える。
「同じ場所でもないだろう。頼もしくなった仲間も、新しい仲間もみんなついていてくれる」
 誰より、あんたがな。
 そう付け足したアイクの胸に、額を擦りつけるようにレテは頷いた。
「右隣ならいつも空けてあるぞ」
 くぐもった声で言う。アイクはレテの頭をボールのように抱え込み、顎を載せた。
「奇遇だな。俺も左隣はずっと空けてあるんだ。ここ三年くらいな」
 レテは顔の傍にある外套を強く掴んで、呟いた。
「そうか」
「そうだぞ」
「そうか……」
 暖炉の中で、煌々と火が燃えている。オレンジの尾が揺れている。