16話 The Reliever

リリーヴァ―

 あ、とお互い口を開けたまま立ち止まった。
 先に我に返った皓汰は一歩下がって道を譲る。部活もない帰り道、坂野(さかの)輝旭(てるあき)と鉢合わせるなんて想定外だった。
皓汰(こうた)君も、帰り?」
 坂野は皓汰の横に並び、中途半端な愛想笑いで言う。死ぬほど分かりきったことを、わざわざ世間話のネタに持ってくるセンスがもう相容れない。
 坂野はきっと、侑志(ゆうし)朔夜(さくや)に会わないよう時間と道をずらしたのだろう。皓汰も同じだ。対立の名目を失って三遊間の意思疎通もスムーズになるべきなのだけれど、どうにも堰が崩れる気配がない。
 十月も末。夏の盛りをとうに過ぎ、街路樹は秋色に着替えている。
 坂野は目の前にはらり一枚下りてきた葉を軽く払った。
「あのさ、皓汰君。修学旅行のお土産何がいい?」
「え、いや、別に要らないです」
 とっさに断ったのは悪意からではなかった。坂野の申し出は、他の先輩のライトな好意とは毛色が異なっている。受けるのは筋違いに思えた。
 皓汰は体育着が入ったナップザックを抱きしめ口許をうずめる。
「なんでまだ、俺にそんな気を遣ってるんですか」
 もう朔夜と上手くいく算段もないのに、とはさすがに言わなかった。
 うん、と坂野が苦笑して頷く。こういうときだけ聡いのも気に入らない。
「君と上手くやれなくて迷惑かけてるのは、今も変わらないしね。ひとつふたつ原因がなくなったところで、好き嫌いなんてすぐどうこうなるものじゃないだろ。解り合おうとする努力は簡単に放り出すべきじゃない」
 皓汰は口を尖らせて黙った。
 坂野は正しい。彼の方が大人だと認めたくないだけなのだ。幼い自覚は余計に皓汰を憂鬱にする。
「皓汰君は本が好きだよね。沖縄の文豪って誰かいたっけ。オレ文学史って苦手だからなぁ」
 坂野はよく晴れた秋空を見上げて腕組みをした。泥臭い学ランが嫌いだと言ってワイシャツ・ネクタイ・ベストにキャメルのジャケットで登校している。その結果、垢抜けない大学生風になっていることに本人は多分気付いていない。
 皓汰は足元の枯葉をスニーカーでかき回す。
 坂野は皓汰より大人で、皓汰よりバカだ。修学旅行の行き先は生徒の多数決で決めるが、候補に挙がるのはいつも北海道か沖縄。前者は時季を選ぶから、必然的に後者が多くなる。どうせ来年になれば皓汰も坂野と同じ島に赴くのだ。頼みたいことも物もない。
 けれど。
「どうしてもって言うなら、首里城の写真でもメールで送ってください」
 甘えのような、意地悪のような気持ちで皓汰は呟く。
 坂野は尻尾を振る犬みたいに笑った。
「そんなのでいいなら、いくらでも」
「一枚でいいです」
「そっか。どの角度がいい?」
「修繕やってませんでしたっけ。なるべく首里城らしくないところでお願いします」
「了解。今しか見られないところだね」
 坂野と初めて二人きりで帰った。ぎこちなく上ずった話をしながら。
 来年にはもうこの人もあの部にはいないのだと思った。
 この道のポプラは常緑ではない。日光に似た金色の葉は、やがて失われ冬の寒さを呼ぶ。