7話 Sweet Citrus - 7/7

エピローグに代えて 辻本柚葉編

 彩人は最初から変わってた。
 空気読めなさはハンパなくて、逆に空気できるの待ってから壊してるみたいなぐらいで。
 だから同じクラスのヤツらはみんな言ってた。
「富島はヤなヤツ」
 だけど彩人の言ってることはいつも正しかったからあたしは彩人が嫌いじゃなかった。
 オベンキョしかできないバカばっかりの中学で、
 いつも誰かを下に見てたいヤツらばっかりで、
 最初に目をつけられたのは太ってるヤツだった。
 まだ5月。囲んでデブコール。小学生みたい。
 でも助けてやるヤツなんかいない。
 自分が狙われるのはイヤだし。
 彩人はその真ん中を突っ切ってった。デブの机に座って腕と脚を組んだ。
「お前ら端から身長と体重および体脂肪を言ってみろ」
 は? って空気。彩人は笑う。
 彩人は改めて言い直す。
「よっぽど身体に自信あるんだろ。一覧作って平均値でも出してみるか」
 みんな黙る。彩人は振り向く。
「お前も何か言ってやれよ」
 デブ勇気出す。
「ぼ、ぼ、ボクはデブじゃない!」
 彩人拍手。で、言い切る。
「いや。お前はデブだ」
 みんな黙る。デブも。
 彩人はしばらくデブを好き勝手した。
 おやつを捨ててエサはおにぎりに変えさせた。
 体育のペアをわざわざデブと組んだ。
 休み時間に意味なく階段を登り降りさせた。
 水をがぶがぶ飲ませた。
 夏までにデブはデブじゃなくなって、そのままデブに戻らなかった。顔つきも変わってイジメる意味もなくなった。
 そしたら彩人はそいつを忘れたみたいに相手にしなくなった。
「富島はヤなヤツ、だけどスゲーヤツ」
 だから彩人は誰からも好かれずイジメられずいつも一人。
 でもあたしは彩人に恋した。
 誰が言ったかじゃなくて何を言ったかで決める彩人に。
 何を言われたかじゃなくて何を思ったかで動く彩人に。
 嫌なことにはキツくていいことには素直な彩人に。

 二年でクラスが別れた。端と端。
 友達と会うついでによく覗きに行った。
 彩人の周りは野球部。
 ガラ悪い中村。アイツ嫌い。
 こっちをチラ見してくる木元。気持ち悪い。
 でも去年よりにぎやかっぽくて、ちょっと安心。

 二年冬。彩人の機嫌が悪くなる。いつも疲れた顔。
 多分、原因は永田。肩? 壊したとか。
 左手でペン持ってた。持ってるだけ。書かない。
 目が死んでる。誰とも口きかない。死体みたい。
 ずるい。ずるいずるいずるいずるいずるい。
 そんな風にグッタリしてるだけで彩人の心を奪えるなんてずるい。
 あたし知ってる。彩人は永田のことずっと大事にしてた。
 なのに何も返さないで勝手に死んだ風になるなんてずるい。
 許さない。そんなの許さない。絶対許さない。
 だったらあたしがあの人のそばにいる。
「何でもしていいから」
「ふぅん」
 彩人はほとんどしゃべったことないあたしの告白、オーケーした。
 何でもじゃないけど色々はされた。ときどきはひどくなかった。彩人が変だからじゃなくてそれはフツーのこと。
 だってあたし、人間じゃないから。
 彩人のそれは今日はムカついたからぬいぐるみに八つ当たりしたけど、冷静になったらちょっとカワイソウになって棚に戻してあげた、みたいなフツーの感じ。
 だってあたし彩人のぬいぐるみだから。
 ムカついてるときは文句言って機嫌のいいときは可愛がって寂しいときは抱いて寝て。
 丈夫だから、お人形みたいに簡単に壊れないの。何でもしていいから。
 だから、お願い、捨てないで。

 なのに春が来るころ彩人は永田のところに戻った。
 壊れたお人形を一生懸命直そうとして。
 頑丈なぬいぐるみはほっぽり出して。
 なんで。なんでなんで。
 あいつただ座ってただけなのに。
 何にもしないで座ってただけなのに。
 彩人に何もしてあげないのに。
 あたしは何でもしてあげるのに。
 どうして、そっちを選ぶの?
 ねぇ、飽きちゃったの?

 だったらあたし、かわいくなるよ。
 髪も染めたし毛先パーマもかけたよ。
 メイクも覚えたよ。ピアスも開けたよ。
 前よりやせたよ。スカート短くしたよ。
 ねぇ見て彩人、あたしかわいくなったでしょ?
 見て。見て見て。あたしを見て。
 おねがい、見てよ。
 なんであなたは、もうここにはいないの?

 あたしは彩人をさがした。
 捨てられた犬が飼い主さがしてうろつくみたいに。
 住所は知らなかった。
 イエ電はいつも留守電でメッセージ残せなくて切った。
 ケータイもメアドも変えられてた。
 野球部のヤツに聞きに行った。
 木元が、野球関係の知り合いが都内中に散らばってるから片っぱしから聞いてみるって言った。
 木元にまかせたらお返しに何をさせられるか分かんないけど、そんなことより彩人に会いたい。彩人のためなら何をしたっていい。

 やっと会えた彩人はもっとひどくなってた。
「二度と顔を見せるな」って、あたしのこと好きじゃないだけじゃなくて嫌いになったの?
 彩人を嫌いになればあたしが傷つかないと思ってるの?
 早く自分を忘れて別の男とくっつけってことなの?
 永田で頭がいっぱいであたしのことなんて構ってられないの?
 どうして、どうしてどうして。
 ちゃんと教えて。ちゃんと答えて。
 わかんないよ彩人いつも黙るから。
 あたし想像してばっかり。
 彩人の気持ち想像して泣いてばっかり。
 怖いけど。きっとまた泣いちゃうけど。
 言ってくれなきゃあたし、前に進めないよ。

「じゃあな」って彩人は去った。
「お前の彼氏はもういない」だって。
 じゃあ、あのときは彼氏でいてくれたってことだよね。
 だったらお別れのキスぐらいくれてもいいのに。最後まで気がきかない。
 よけい引きずっちゃうかもなんてよけいなこと考えないで、最後なんだから甘やかして抱きしめてくれてもよかったのに。
 そんなんで不幸になったりしないぐらい、
 それごと幸せになれるぐらい、
 あたし彩人のこと大好きだったのに。
 ねぇ、指が痛いよ。
 痛いよ。

 色々助けてくれた彩人のトモダチは、
「ありがとう」って言ったら
「いいよマドレーヌうまかったし」って返事した。
 やっぱ彩人のトモダチだけあって変なヤツ。
 だけどたぶん今までで一番彩人のことをわかってるヤツ。
「強情で口も悪いけど、嘘はつかない」って。
 そうなんだよ。
 彩人は意地っ張りだけど、かわいそうなぐらい正直。
 すごく傷つきやすい人。
 だから、守ってあげてね。
 今度は大事なもの手放しちゃダメだよって、そばでしかっててあげて。
 あたしは彩人の大事なものになれなかったから、離れていくしかないけど。
「柚葉でよかった」って、言ってくれたから。

 大丈夫だよ。
 今だけ泣くね。
 夕焼けがきれいだから、すぐに泣きやむよ。
 その間も、これからもずっと、あなたの空は晴れてますように。
 これからはずっと、きれいな光ばっかり、あなたの上に降りますように。