予備校体験が散々だったのは、颯太だけではないようだった。
頭の重い朝、スマホのアラームを止める。昨日の夜中に、楢原からメッセージが来ていたことに気付く。
『杜若くん
よかったら今日は予備校終わった後
少し話せないかな?』
これから学校で会うなら今更返信もいいか。颯太は顔を洗い、着替えて居間に向かった。
今朝も杜若家のテレビは、録り貯めた世界遺産の番組を流していた。気ばかり滅入ると言って、祖父も祖母も最近はニュースを見たがらない。スマホで大抵のことがわかるから、颯太も別に困ってはいない。祖父母に挨拶し、父の仏壇に線香をあげてから席につく。
「あら颯太、おはよう。ご飯普通でいい?」
母が台所から声をかけてくる。あまり食欲はなかったが、普通でと颯太は答えた。少なめと答えると心配されてしまう。
お盆を持った母が暖簾を払って奥から出てきた。茶碗や汁椀を颯太の前に手際よく置いていく。
「颯太、今日の予備校、帰りは叔父さんに送ってもらいな」
「どうして? 嫌だけど……」
「そんなこと言わないの。話があるんだって、進路のことじゃない?」
「大学は出るって話で終わったんじゃないのか」
「さぁ。どの大学が向いてるとかじゃないの、あたしはわかんないけど」
颯太は黙って首を横に傾けた。
正直、大学選びに口を出されるのはあまり面白くない。母は駅伝に出ている大学だったらかろうじて名前だけわかる有様だし、叔父は……別に高卒だからではなくて、どうしても、こう。
母は朝食を並べ終え、短く息を吐いて自分の席についた。
「刑事になるーなんて憧れてるくせに、なんだか避けるね。
「憧れてない」
「いいから。車で送ってもらう方がいろいろリスク低いんだから、甘えときなさい。ね」
そう言われると颯太も反論できない。この家には高齢者が二人いる。不特定多数の人間が乗る電車よりは、感染対策を徹底しているであろう公務員と車に乗る方が安全に近いということは確かだ。
「勝武君は気持ちのいい青年だよ。あまり邪険にするものじゃない」
「そうよぉ。お父さんみたいにかわいがってもらったでしょう」
息子の配偶者の弟なんて他人も他人だろうに、祖父母もすっかり叔父の味方だ。
確かに叔父は、顔も覚える前に亡くなった父の代わりによく遊んでくれた。颯太も叔父を好きだったし頼りにしていた。今は全部過去形……いや全部は言い過ぎかもしれない。けれど大半は過去形だ。
颯太は喉が拒む白米を味噌汁で無理に流し込む。
そもそも、あの予備校に今日も行くかどうか。テストは二日に分けて行われるから、あの教室で羽村と顔を突き合わせるのはほぼ確実だ。かといってあの様子の楢原を一人で行かせるのも……。
「颯太、今日はずいぶんゆっくりだけど大丈夫なの?」
母の声で我に返る。そうだ。予備校の前に学校がある。焼き鮭と玉子焼きには手をつけず颯太は椅子を立った。
まったく現実のせっかちさには閉口する。
好きな人を喪っても、その古傷を抉られても、同情ひとつしないし少しも待ってくれやしない。
