黒が劣勢

 弱モードでも夜中の換気扇はよく響いて、気遣い虚しく妻が起きてきてしまった。
「禁煙って約束したのに。私もこの子もどうでもいいんだね」
 妻はまだぺちゃんこのお腹を撫でながら恨みがましく言う。僕は右手に隠していた袋を慌ててテーブルに置いた。
「つわりで水も気持ち悪いって言ってたろ? だから妊娠中でも大丈夫なお茶買ったんだ」
 薬缶に保存用ボトル、母に教わったローズヒップティー。夜のうちに淹れておけば、明日好きな時間に起きてすぐ飲める。日頃の感謝を込めたサプライズのつもりだった。
「ありがとう。嬉しいな」
 妻は出逢ったときと変わらない、やわらかくて素敵な笑顔で僕を指差した。
「それで、左手の煙草はいつ捨てる予定?」