伝えない言葉 - 2/3

上演中はお静かに ――Return of New Generation――

アクロマティック・コンプレックス

「あんまり干渉してくるなって言ってるだろ、邪魔なんだよ!」
 安アパートで電話口に怒鳴れば、心配なのよと紅莉栖も声を荒らげた。
 海を越えた通話は、いつだって頼りなく紅莉栖と澪を繋ぐ。
『あなたが私の言うことを素直に聞きたくないっていうのは、前から知ってるわ。……だけど、もう危ないことはしてほしくないのよ。そうやって、友人として無事を祈ることすら許してくれないって言うの?』
「別にそうは言ってない」
『言ってるじゃない。邪魔だって』
 紅莉栖の声は震えていた。澪はたまらず頭をかく。
 吠え面をかかせてやりたいとは常々思っているが、ただ泣かせてもまるで胸はすかない。
「やることがいろいろあるんだ、私にも」
『やることって何? 警察の方にご迷惑をおかけすること?』
「知ったような口を利くな。迷惑かどうかはあんたの決めることじゃない」
『そうかもしれないけど』
「あんたにも迷惑はかけない。それでいいだろうが」
『迷惑ならもうかかってるわよ。……かけてよ。もっとちゃんと』
 紅莉栖は隠しもせずに洟をかんでいる。
『いつもそう。いつも私ばっかり遠ざけられて。もっとそばで助けたかったのに』
 過度な一般化は、きっと澪以外が巻き込まれた事件も含んでいる。
 やはり離れてよかったのだ。澪は古い畳の目を睨みつけた。
 牧瀬紅莉栖が渋谷にいれば、久野里澪には何の価値もなくなる。役目どころか意味自体、あの輝きの前では消え失せる。
「紅莉栖。ちゃんとやり遂げてみせるから」
 あんたなしでも私は世界と対峙できると信じさせてくれ。

 

イノセント・マーダー

『一区切りはついたんでしょう?』
 紅莉栖からの電話は、見計らっていたとしか思えないタイミングでかかってきた。
 復興祭の興奮冷めやらぬ渋谷。闇に包まれた街は猟奇殺人犯逮捕のニュースで沸いている。
 澪はどんな顔で騒ぎを眺めればいいのか分からない。
「紅莉栖。あんたは……あんたの『マッドサイエンティスト』が投獄されたら、どうする」
 愚かな問いを発して、紅莉栖が答える前に自分で首を振った。彼女にとっての『マッドサイエンティスト』と、澪にとってのあの少年は等価ではない。例えが成立していない。
「いい。どんな手を使ってでも取り戻すんだろ、解ってる」
『あいつが本当に、裁かれるべき罪を犯していないならね』
 紅莉栖の声は冷ややかだった。澪はスマートフォンを握り締めて笑う。
「公正ぶりやがって。愛してるからって言えよ」
『澪。強がりでも照れ隠しでもないの』
 覚えの悪い子供に言い聞かせる口調で、牧瀬紅莉栖はその男への想いを告げる。全く関係のない久野里澪へ。
『私は彼に恩がある。返しきれないほどの恩が。だから、本人が潔白なら……私はそれを世間に証明しなければならない。する義務がある。命を懸けても』
「……御大層な惚気をどうも」
 澪は手近な電柱に寄りかかった。理由なんてどうでもいい。紅莉栖がそうすると言い切っただけでそれ以上は聞く価値がない。
 あの女はいつだって正しすぎるほど正しい。
『澪。戻って、来なさい。あなたはそこまでする義理はないはずだわ』
「義理か」
 短く息を吐く。宮代と澪を繋いでいるのは、義理でもなければ恩でもない。もっと不確かで脆いものだ。紅莉栖が大事に握っている絆とは、色も太さも違う糸。
 それでも、澪が自分で選んで掴み、自分のために手放さずにいるものだ。
 紅莉栖のせいでなく。紅莉栖のためでなく。
「できない。義理はないが、貸しも借りもある。まだ帰れない」
『そう。なら頑張りなさい』
 紅莉栖も軽いため息をついたきり深くは訊かなかった。
『義務を果たしなさい。義理は私が持つわ。電話越しだけど、いつでも頼って』
「紅莉栖」
 甘さが喉までせり上がって、それでも舌は別の言葉を外へと押し出した。
「気にしなくていい」
 こちらでは今から朝が始まる。あけすけに無慈悲に光は満ち満ちる。