「……日高くんは、あき穂ちゃんのこと嫌いなの?」
淳和が尋ねたのにはとりたてて深い意味はなくて、更に言うなら明確な答えを期待していたわけでもなかった。
瀬乃宮あき穂が、昴のばかー! いしあたまー! わからずやー!! と叫びながらハンガーを飛び出した直後のことだ。
問われた日高昴は珍しく目を見開いて、それから眼鏡の位置を直した。
「大徳先輩は、ときどき地雷を自分から踏みに行きますね」
「ご、ごめんなさい」
「いえ。別に怒っているというわけではにゃ……ないです」
日高はポケコンをしまって日射の下に立った。あき穂と口論していた原因はあそこに表示されていたらしいのだが、淳和には二人が何を譲れないのかとても理解できない。
日高の視線が上を向いたので、淳和もつられて同じ方を見た。
種子島の夏空は今日も突き抜けるように青い。
「……部長の理論はしょっちゅう破綻しますし、感情的にも僕には受け入れられない部分がたくさんあるのは事実です。ただ」
そこで後輩の訥々とした言葉は途切れた。淳和は黙って先を待った。
視線を日高の横顔に移す。息を吸っては止めることを繰り返す口唇は、日に焼けて赤みが薄かった。こればかりは自分を含め、島育ちの子供たちと同じで少し安心する。
三十秒ほどして、ようやく日高の喉が淳和にも聞き取れる音を発した。
「性格はお世辞にも相性がいいとは言えませんが、だからといって僕は部長の人格まで否定する気はありません」
「そうなんだ」
淳和は口唇を緩めて俯いた。何を笑っているのかと責められないように。こういう意味のない相槌だって、きっと嫌いだろうから。
この後輩にそんなひどい物言いをされたことは――不思議と自分はないけれど、一応。
「日高くんは、大人だよね。すごく公平で、正しい」
「大徳先輩こそ」
日高はすぐに言い返してきたのに、淳和が顔を上げるとぱっと目を逸らしてしまった。
「ロボットに興味なんかないんでしょう。なのに部長と八汐先輩のわがままに巻き込まれて」
「ご、ごめんなさい」
「だから、責めてるわけじゃ」
言いさして首をかく後輩に、淳和は満足な台詞をかけられない。
とっさに謝ったのは責められたと思ったからではなくて、自分は彼が大事に思っているものに対して『なんか』と言わせてしまったのではないかと――どう弁解していいか分からない。
今度は淳和が言いかけてはやめる番だった。遮るもののないコンクリートは口の中の水分をからからに奪った。
でもどんなに時間をかけたって、自分は公平にも正しくもなれない。だからせめて、最低限正直ではいようと思った。
「えと……うん。興味はね、本当のこと言うと、あんまりないんだと思う。あき穂ちゃんや日高くんみたいにはなれないって、知識だけじゃなくて、気持ちでもそう感じるし」
日高が小さく息を吐いた。それだけで気持ちが縮こまりそうになる。
同じ男の子なのに、日高昴は弟たちとはタイプが違う。似ていないにしても八汐海翔の方が、やわらかくて話しやすい。
きっと日高にとっても、瀬乃宮あき穂や神代フラウの方が接しやすいのだろう。淳和よりも。
「『興味がない』と、『眩しい』って思っちゃ、『見てたい』って思っちゃ……いけないのかな」
制服のリボンをいじりつつ呟いた言葉に返事はなかった。
日高は眼鏡を外してポロシャツの裾でレンズを拭き、かけ直した。それだけだった。
「日高くん。あのね。……あたし、スコール買ってくるね」
「わかりました。……戻ってくるまではいます」
誰が戻るまでと、日高は言わなかった。淳和も訊かなかった。
飲み物を何本買えばいいか考えながら歩き出す。
あなたの夢もあたしのみたいに終わってしまったって今でも本気で思っているの、なんて、口にするほど無神経になれるはずがなかった。