久野里澪を見送った彼
久野里澪が日本を離れたことで、神成岳志の公務員としての仕事ぶりがどうなったか。
現状『変わった』というよりも『戻った』という方が近い。
彼女は元々イレギュラーだった。ノウリョクシャが起こした犯罪を追うのはフィクションの主人公がやることであって、現実の警察官がやるべきことではなかったのだ。
真似事をして負った深手を癒す間もなく、やるべきことは目の前に山積している。
私人として変わったことといえば猫を飼い始めたぐらい。実家でも飼っていたから劇的というほどでもない。
特にあの猫は、コード類を絶対にかじらないから、それだけで随分手間がかからないのだ。
ただ、帰る家が一人にしろ独りではなくなったという事実は、神成にこれからの生き方を考えさせる転機にもなった。
――このままでいいのだろうか。
『先輩』の遺産にすがりついているつもりはなかったが、自分がどこか『庇護下』にあるという感覚は未だ残っている。
『子供たち』が次々と巣立っていく現状の中で、大人のはずの自分が。
今までのやり方が間違っていたと思ってはいない。
正確さと共に、より迅速さが重視される刑事という職業において、神成は可能な限りの手際でもって事件を解決してきた。
だから改めるのではなく、もう少し違う視座を得たい。警察官として、これからを生きていく一個の人間として。
「……やっぱり、地道に歩いていくしかないか」
機嫌よくドライフードを食べていた猫は、返事の声もなく、すんと鼻を鳴らしたきりだった。
ビールの缶と食べかけの揚げ物しかないテーブルの上。
深夜の自宅はいやに静寂が深く、彼はテレビの喧騒も厭ってあるがままの空気に沈み込む。