きみが嫌い

「……あ」
 どちらともなく呟いた。
 敵陣に見つけたのは、見知ったと言うには大分様変わりしてしまったけれど、見覚えのある面影。
「サザ?」
 訝しげに問う。彼は頷いて、こちらの顔を覗き込んできた。
「ヨファ、か?」
「うん」
 ヨファは小さく肩をすくめた。あの頃と同じように短く切り揃えた、若草色のやわらかい髪がふわりと揺れる。
「元気そうだね」
「それなり、だな」
 サザはにこりともせずに答えた。元々愛想のない少年だったが、顔立ちから幼さが抜けて尚更、愛嬌がなくなった気がする。
 かつての“仲間”と戦場で再会した。にも関わらずヨファには言いたいことの一つも見つからなかった。しかし、特に探そうとも思わない。サザも話を振っては来ない。無言の対峙の最中、ヨファはふと苦笑を漏らした。
「やっぱり僕ら、トパックがいないと話が弾まないよね」
「いたところでお前と会話が弾んだ覚えはないがな」
 サザは口唇の端を歪めた。彼はよく何かを嘲っているような素振りをするが、その対象はいつも曖昧だ。
 ヨファも顔の左半分だけで笑い返した。声のトーンを一段下げる。
「昔からさ。……反りが合わないなって、そんな気はしてた」
「俺も昔から、お前のその目が気に喰わなかった」
 サザは笑みを消し短剣を抜いた。相変わらずギラついた目をしている、と思った。
 ヨファも笑うことをやめた。サザの不快だと言う瞳の色を、一層強める。
「だったらお互い何の躊躇も要らないね」
 直線的に、機械的に矢筒へ手を伸ばす。
 淡々と言う。いっそ愉快な程、何の感慨も湧いては来なかった。
「唯一の友達に“仲間殺し”呼ばわりされるのはつらいでしょ。トパックには立派な最期だったって伝えてあげるから、安心しなよ」
「誰と誰が友達だって?」
 サザは短剣を放り上げ、逆手で柄を握り直した。トパックに憎まれ口を叩くときと同じ顔をしていた。
「俺はあの一年ずっと一人だった。友達百人のお前は恨まれるの慣れてないんだろ? 敵役は俺が引き受けてやるから、遠慮するなよ」
「ホントに腹立ってくるんだよね。君と話してると」
 ヨファは目許を歪める。声を荒げようとは思わなかった。ただはっきりと、言い切る。
「自分がどれだけ他人に依存してるのか、いい加減気付いたらどうかな」
 サザの顔色が一変した。もはや爆発した感情を繕おうともせず、腕を振って叫ぶ。
「温もりに囲まれて生きてきたお前に一体何が解る!?」
「僕はそういう発言が甘ったれだって言ってるんだ!!」
 ヨファは一喝する。大声を出す気はなかった――こんなくだらないことに余計な体力を使いたくなかったのに。舌打ちして、弓を構える。
 サザの見開かれた獰猛な目。ヨファの細められた冷酷な目。衝突する。
「これ以上、もう」
「そうだな。話すこともないだろう」
 弦を引き絞る。駆け出す。
 風を切り、閃く。

 

 それが、少し前の話。

 

 今は雪と石像と、静寂の中。
「……あ」
 どちらともなく呟いた。
 ヨファは顔を背けて石段に腰掛ける。サザも逆を向いて同じ石段に腰掛ける。二人の間には、勢いに任せて拳を振るっても届かないだけの距離が取られている。
「「この間」」
 同時に声を発した。思わず顔を見合わせる。サザはあからさまに眉をひそめていた。ヨファは黙って顎をしゃくった。意固地になっているのかサザは口をつぐんでいたが、ヨファが一向に口を開かないのに業を煮やしたか、結局続きを言い始めた。
「お前、俺の眉間狙っただろ。変わらないな」
「つい癖でさ。君こそ心臓狙ったでしょ。変わらないよね」
「つい癖でね」
 互いに目を合わせない。だが逸らしてはいない。前方の白い地面を睨むように見つめている。
 数十秒の沈黙の後、ヨファが呟いた。
「死ななくてよかったね、彼女。守りたかったんでしょ?」
「お前にミカヤを気安く『彼女』なんて呼ばれたくない」
「だったら言わせてもらうけど。団員でもない君が、アイクさんのこと『団長』って呼ぶのは嫌だなって僕はずっと思ってた」
 短い応酬が終わると、また無言。無言、無言。
 これが賢明な二人の関係。だからこんなこと改めて言わなくとも良いのだ。
「俺、嫌いだな。……お前のこと」
「うん。僕も」
 ヨファが吐いた息は寒さのせいか濁っていた。
「気が合うのかもね」