「この戦が終わったら、あなたはどんな世界が見たいの?」
レオンの問いはあまりに唐突で、サクラは上手い返事が出来なかった。
レオンさんはどうなのですかという小賢しい逃げも、今訊いているのは僕だよとやんわり拒まれてしまう。
終戦は間近なのだろう。だが透魔の眷属と化した身内と斬り合う状況の中、闇は濃度と重みを増して侵食し、肺を、心の臓を押し潰さんとでもしているしているようだった。
光の感じられない洞でさえ、彼が明日を凛と見据えられるのは、暗き夜よりやってきた王子だからなのか。
否、そんな単純な話ではないことぐらい、サクラにも解っている。
「私は」
言いかけて小さく息を吸い、結局何の言葉にもすることなく吐いた。
彼と違って、サクラはこの争いの先に明確なビジョンを持ってはいない。ただ、このまま全てが死に絶えるのは嫌だという消極的な駄々と、眼前で血を流す人々に耐えられないという、視野の狭い願望があるだけだ。
しかし、問われたからには答えねばなるまい。両手を自分の正面で重ねて、サクラは改めて口を開く。
「出来る限り、血の流れない世界を。出来る限り、人々の笑える世界を。国の、種別の別なく、幸福を実感できる世界を、望んでいます。実現の為の具体案もないのに、なにを夢物語をとおっしゃられるかもしれませんが……」
「いや。僕の質問の仕方が不適当だった」
レオンは眉を寄せ、口許に手をやった。長くはない。サクラの知る限り彼が無益な長考をしたことはない。
すぐに視線を上げ、サクラと真っ直ぐに向き合った。
「民が幸福であるべきだというのは、王族の目指す理想として言うに及ばない。自分の中の『民』の定義を、『自国の民』から『全ての大地に生きる者』に書き換えることだって、今ならさほど難しくないだろう。そうじゃなくて――僕は、あなた自身が見たいと願う世界を、純粋に知りたかった。今は夢物語でもいい。それを現実に変えるのは、僕の役目だと思っているから」
「でしたら、簡単です」
サクラは微笑みながら手を伸ばし、固く握り込まれたレオンの拳をほどいていった。
「私の望む世界は、もうあなたの手の中にあります。この先、ずっとずっと広がっていく未来が。お傍に置いてくださるのなら、私は終のときまで、あなたの変えていく世界を見ていることが出来るんです」
「……そうなの?」
どこか拗ねたように尋ねる彼の口調は珍しいほど幼く、そうですよとサクラもつい母に似た口振りになる。
そうなんだ、と息をついて身を寄せてくる愛しい人を、サクラはこれから終生支えていく。何があっても。
「ありがとうございます、レオンさん。いっしょに、いっしょに生きましょうね」
欲するところを素直に言の葉に乗せる勇気は、彼の変えてくれた世界の中にある。
まだ、ここでは消えられない。束の間の抱擁は涼やかに臓腑を洗い清めた。