トリックスタァ
入って右側にカウンター。雅伸は退屈そうに座っている図書委員長にノートを見せる。その女子生徒が世界史の教科書から顔を上げる。
「ちょっと。なんで相模くんがそれ持ってるの?」
「預かった。急いでたみたいだったから」
雅伸は抑揚のない声で答えた。
相模雅伸と
「金城さんさぁ」
「ねぇ名字で呼ばないでって、あたし大分前にも言ったよね」
「今そのことはどうでもいいんだ。後にしてもらえる?」
雅伸は吐き捨て、ノートをカウンターに叩きつけた。高い丸椅子に座っている金城を睨みつけ、低い声で告げる。
「俺の後輩にちょっかい出すのはやめてくれ。もう、女に部を引っかき回されるのはごめんだ」
「何よそれ」
金城は及び腰ながらも挑発的な視線で返す。
「別に迷惑かけてないでしょ。相模くんに関係ないじゃない。それ返してよ」
「最初からそのつもりで来たんだけど」
雅伸は雑に手首を払った。ノートが滑っていき金城の目の前で止まる。
「テストのヤマなんかで、右も左も分からない一年釣ってるんだな。あんたがそんな悪趣味だとは思わなかった」
「そんなつもりじゃない。困ってたみたいだから、ちょっとでも役に立てばって思っただけよ。相模くんこそ、そんな意地の悪いものの見方する人だったんだ?」
「何とでも言えよ。
「ちょっと待った!」
金城は頭を抱えて雅伸の台詞を遮った。特大の苦虫を噛み潰した顔で言う。
「なんか勘違いしてるでしょ、相模くん。あたしは
「は?」
雅伸は半端に口を開いたまま停止する。金城は頬を膨らませて腕組みをした。
「あたしは縦でも横でも前でも、人より余計に幅があるヤツは好みじゃないの。平均万歳。新田少年みたいな伸び切ったのは対象外」
「じゃあ、何で侑志にノート」
「だから、それは……きょ、協力してもらおうと思って」
「買収ね。どっちにしろ感心はしないな」
雅伸も腕を組んでカウンターに寄りかかった。
「まぁ相手が誰でも、俺は反対だから。そのつもりでいて」
「最初っから相模くんはアテにしてないけど」
金城は聞こえよがしに嘆息して頬杖をついた。
「あなた、意外と野球部好きなんだね。もっと惰性でいるのかと思ってた」
「
雅伸は淡白に要求を告げる。
「ってわけで金城さん、諦めてくれる?」
「いやです」
金城は無表情で即答した。雅伸も言い募らず黙って金城の顔を見る。
活気づいた図書室。入口で始まった冷戦には誰も気を払わない。
梅雨前の日々は一見平和であった。