3話 It’s All Right - 6/6

エピローグに代えて 岡本堂弘編

 どこから話したらいいのかな。
 俺のマウンド嫌いには一応、ちゃんと理由みたいのはあって。じゃあ何で投げるのかって、それにも一応、俺なりの理屈とかはあって。
 言い訳ではあるんだけども、よかったら、聞いてください。

 俺が野球を始めたのは小学生のとき。
 二つ年上の兄ちゃんと、お向かいのリューちゃん(部活中は「リューさん」って敬語だけど、いつもはこっちのままなんだよね)が野球をやってたから、俺と、リューちゃんの弟の花臣(はなおみ)君も自然に野球をやるようになった。
 この頃は投げるの好きだったんだ。打たれるのはもちろん嫌だったけど、そんなのは当たり前のことだから、常軌を逸してるってほどじゃなかった……と、思う。
 マウンドが恐くなったのは中学のとき。
 俺は地元の区立中の野球部に入った。兄ちゃんは入って二ヶ月でバスケ部に移っちゃったけど、まだリューちゃんがいたし、俺はやっぱり野球をしたかったから。
 入部してすぐの頃、試しに一年全員投げてみろって顧問の先生に言われた。体育の先生。少し太ってて汗っかきで、声がデカかった。顔色はよくうかがってたのに、顔立ちはあんまり覚えてない。
 とにかくそのとき、俺はその先生に散々けなされた。多分、一人だけ。俺の被害妄想じゃなければ。
 リューちゃんは今でも、お前はあの中じゃ一番上手かったって言ってくれる。さすがにヒイキ目じゃないかなとは思うけど、俺の自惚れを差っ引いても、あそこまで言われなきゃいけなかったかなって、いまだに引っかかってる。
 でも俺はそのときまだ十三歳にもなってなくて、痩せててちっぽけで、大人は支配者そのものみたいなのがすごくあって、だから、ああ、オレはとんでもないヘタクソなんだ、って本気でショックを受けた。
 なのに一年生で試合に出てた投手は俺だけだった。嬉しいようなことじゃないんだ。負けが確定したような試合でベンチから押し出されて、先生は俺がボコボコに打たれるのをめちゃくちゃに罵って、負けた責任は全部俺が被ることになってて。俺がマウンドに登るっていうのは、つまりそういう儀式だった。
 投げたくなかった。投げたくないって言うこともできなかった。授業の評価にも響くんじゃないかって辞めるとも言えなくて、一日も休まず部活に出た。
 リューちゃんとか、抗議してくれる先輩もいたけど、先生は変わらなかった。

 それで、多分七月頃かな。よく覚えてないけど、夏休みではなかった。
 とにかく、俺、練習中に転んじゃったんだ。脱水症状だったのかな。足がつっちゃって自分でも動かせなくて。立て、って先生に怒鳴られても立てない。余計緊張しちゃって、足の使い方がわからなくなって頭が真っ白になった。
 俺がいつまでも立ち上がらないから、先生は俺の身体を持ち上げて殴り飛ばした。俺、頭打って脳震盪で救急搬送されちゃって。
 だからその後のことは聞いた話になるけど。
 リューちゃんが言うには、体育館で部活してた兄ちゃんが飛び出してきて、先生をブン殴った、らしい。兄ちゃんは試合禁止どころか出席停止。俺は一日休んで検査とかして、それからしばらく授業にだけ出た。先生は何でか知らないけどお咎めなしみたいだった。
 この決定にリューちゃんがブチギレて(滅多に怒らないのにね)、校長でも教育委員会でも戦ってやるって保護者の署名を集め出した。部の中にも協力してくれる人が結構いたみたいだった。
 俺はみんなのところへ行って、もういいです、って言った。もう辞めます。兄弟で迷惑かけてすみませんでした、って。そしたら、違うんだ、お前らは何も悪くないんだ、って先輩たちに頭を下げられた。
 先生はあのときから二年前に赴任してきて、野球部の顧問になった。やっぱり一番気の弱そうな子をターゲットにしていびってたみたいだった。兄ちゃんは弱い者いじめとか大っ嫌いだから、まぁ、ケンカというか反抗というかそういう感じで二ヶ月やり合って、ついに売り言葉に買い言葉で辞めてしまった、らしい。
 そんな事情、全然知らなかった。
 俺たちはお前の兄ちゃんに何もしてやれなかったんだ。だからお前だけはちゃんと守ってやりたいんだ。お前には好きな野球続けてほしいって、あいつ言ってたから。
 先輩たちは震えてた。俺はそこまでして守ってもらう価値が自分にあるとは思えなかった。だけど、今はそうじゃなくても、それに相応しい人間にならなきゃいけないんだって強く思った。
 署名はリューちゃんの手から校長先生の手に渡ることはなかった。
 野球部員のお母さんたちからPTA会長に話がいって、緊急保護者会が開かれたんだ。それで真相究明を求める声が高まって、先生は依願退職(事実上クビだね)、兄ちゃんは試合はダメだけど学校には行っていい、ってことになった。
 俺と兄ちゃんは手を繋いで泣いた。みんなに助けてもらったことを、一生忘れないでいよう。他の誰かが困っていたら、今度は自分たちが真っ先に助けよう、って二人で誓った。
 そのあと、新しい顧問になってくれた数学の先生は、野球には詳しくなかったけど真面目で気配りの上手な人だった。ぎくしゃくしてた部内はすぐにまとまって、三年間楽しく過ごすことができた。今も年賀状送ったりしてるよ。
 マウンドは相変わらず嫌いだったけど(もう身体が覚えちゃってんだろうな)、俺はもう外野の魅力に目覚めちゃってたから、全然気にならなかった。

 ところが、高校。知ってのとおり、俺はまた野球部に入ったわけだけど。
 投手は三年生と二年生に一人ずつ。一年生では川西(かわにし)っていうのが一人だけ、本当はもう一人いたんだけど、女の子だから公式戦の頭数には入れられない。夏まではギリギリ三年生がいるとして、秋と来春、投手が二人しかいないのは心もとない。
 せめてもう一人いればな、って監督がこぼした。
 みんな困ってた。そりゃあそうだよね。手を貸したくても、経験してないものはしてないんだから、じゃあ俺がなんて気軽には言えない。
 リューちゃんは知らん顔して黙ってた。俺がどれだけマウンドが嫌いか知ってたから。俺が言わなければバレなかったんだ。
 だけどさ。そんなことできたわけないよ。だって俺は、みんなが俺たちを助けてくれたこと、ちゃんと覚えてたんだから。
「俺っ、中学のとき、少しだけど投手やってたことありますっ」
 ひっくり返ってすごくカッコ悪い声だったけど、何とか言えた。
 監督は笑ったりとかはしなかったけど、目の奥にほっとしたみたいな色を見せた。
 いいのか、って顔でリューちゃんが見てた。俺は頷いた。
 監督との話が終わってから、リューちゃんは、
「いつでも傍にいるからな」
 って肩を叩いてくれた。俺は顔さえ見れないで、うん、って下を向いた。

 俺は今でも、みんなが助けてくれるおかげでここにいられる。助けてあげるんだなんて、思い上がったことは言えない。
 それでも、役に立ちたい。少しずつでも、それがゼロじゃないんなら、みんなに何かを返していきたい。
 もちろん恐いのは嫌だ。つい泣き言ばっかり言っちゃうし、誰かを押しのけてまでっていう器じゃない。そんなことぐらいとっくに自覚してる。
 でもこの場所がどうしても空いてしまうのなら、俺が立とう。君たちが来るまで、ここを誰にも崩させない。大将になれなくても、凡人は凡人なりの全てを懸けてこの山を守る。
 どんなに惨めに見えても、君たちのつかむ栄光を俺もこの目で見せてもらえるって、信じていたから。
 約束するよ。これからも、たとえどんなに恐くても。
 望まれる限り、俺は何度でも求められた場所に立とう。