文体練習(11~20)

『文体練習』レーモン・クノー 著・朝比奈浩治 訳
 バスの中で起こった出来事を99通りの文体で書いた本。

 この本の真似をして、(ほぼ)毎日一題文体の練習……というより実験をしていく企画です。

 

11 以下の単語を順に用いて文章を作れ  2022/10/06

 火の輪くぐり  蜃気楼 一攫千金 アキレス腱 被害者

 火の輪くぐりのように穢れが取れるわけではないが、真面目に通えば通うだけご利益がありそうな気がするのが、進路指導室というやつだ。
 将来を不確かな蜃気楼ではなく、しっかりと手が届くものにするための道具がいろいろ揃っている。
 侑志は一攫千金を望まない。目指すのは収入の安定した公務員。とはいえ精神の安定は期待できないだろう。子供たちというアキレス腱を守るため、自らの心身をすり減らしていく生活になることは予想がついている。
 それでも遂げたい夢があるのだ。
 やがて井沢が入ってきて、警察官を目指すために必要な本を手に取った。
 彼もまた、被害者で居続けることをやめ、自分の人生を主体的に生きていく覚悟を決めているのだと思った。

【感想】
 お手本の指定ワードはこれ。
「持参金 銃剣 チャペル 空気 バスティーユ広場 手紙」
 どうせなら単語全て変えてみるか、ということで『ランダム単語ガチャ』を使用。
 https://tango-gacha.com/
「○○のように、ではなく」という具合に、否定でばかり入れてしまったのが心残りではある。

 

12 ためらい  2022/10/06

 ええと、中学……? 高校? の校舎? で、男子? 女子? 多分学生が何かを持ってて……雑誌? 本? みたいな紙の束です。それを見てて……読んでたのかな? はっきりとは知りません……。
 もう一人いた? のかな? 二人? で話をしてたと思うんですけど。
 お互い? 公務員? 警務員? 乗務員? になるとか……いやちょっとわかんないです……。

【感想】
 お手本からして「ためらい」というより「おぼろげ」という感じだったので、ふわふわした感じになってしまった。
 うすうす気づいていたけど、この文章実験って作中に三人必要だよな???
 二人を観測しているのは進路指導室の壁です。カップリング厨みたいなこと言うじゃん

 

13 厳密に  2022/10/07

 二〇〇三年十月七日・朝七時五十八分、東京都立高葉ヶ丘高等学校本校舎の中、三階西廊下の奥にある進路指導室。
 第一〇〇期生、二年F組所属、一八三・四センチメートルの新田侑志(年齢・一六歳一〇ヶ月)が、アルミ枠とポリ合板のスライディングウォールを七二・六センチ横に滑らせ、八四センチの歩幅で入室すると、左手をかけていたドアを減速させ、騒音を抑制する目的で二秒かけて閉めた。
 入室後、右手側、高さ七五・三センチメートルの長机を用いて設置された資料コーナーの前に立ち、天板に平置きされていた六冊の書籍および小冊子類を定位置と思しき場所に一分二十秒かけて戻す(置き場を迷い思案した時間を含む)。
 一度息を吐き気分を切り替えたのち、全九五二ページの二〇〇三年度版全国大学案内を左手に持ち、右手を使い、平均して毎秒一ページの速度で紙をめくる。
 四分一二秒後、二年A組所属、身長一七一・二センチメートルの井沢徹平(年齢・一六歳九ヶ月)が〇・八秒で最大まで引き戸を開けると、七九センチの歩幅で学校用間仕切りを通り抜けた。
 井沢は一秒かけ後ろ手に扉を閉めながら、間投詞と名詞を使って親愛と皮肉を表現する。
 侑志は井沢の言葉に対し情動的反応を示さず、井沢の持ち上げた二三二ページに及ぶ警察官Ⅲ類・B過去問題集(高卒程度)から考えを働かせ、地方公務員として警察職務を遂行する意志があるのかと四十五デシベルの大きさの声で質問する。
 井沢は視線を問題集の紙面の上部三分の一に固定し、侑志の目指している公立中学校の教師もまた地方公務員であることについて言及する。

【感想】
 めちゃくちゃ時間がかかった。普段どれだけものをアバウトにとらえて書いているのか身に染みた。
 日付を決めていなかったので今日にしてしまったが、高二の十月に進路気にしてるのって遅い? 私は志望校を決めきれていなかった気がする。
 二人の身長は入学時(『Evergreen』本編開始時)より伸びており、既に一八二センチあった侑志より、一六五センチだった井沢の方が伸び率は大きくなっている。これは井沢の元の身長が低かったせいもあるが、一年の秋(家庭のいざこざが落ち着いた頃)を境にストレスが減って夜も眠れるようになり、食生活も改善されたため一気に伸びたからでもある。

 

14 主観的な立場から  2022/10/08

 その朝、俺は一人で進路指導室に行った。誰もいない方が集中して資料を見ることができるからだ。
 引き戸を滑らせると、書室の古ぼけた紙のにおいとは違う、新しい印刷物からインクのにおいが鼻を衝く。
 資料コーナーは散らかっていた。子供じゃあるまいし、自分で読んだものぐらい自分で片付けてくれればいいのに。俺は過去問や大学のパンフレットを大まかに分類して、見苦しくない程度に整頓してから目当ての本を持った。
 全国大学案内という、電話帳みたいな厚みのある本だ。見開きの二ページをワンセットとして、主要な大学が紹介されている。
 俺は中学校の教員を目指しているけれど、具体的にどこの大学へ行くかはまだ決めていない。できれば免許を取れるだけでなく、教育心理学も学べるところがいい。誰かのドッグイヤーを直しながら(こういうことをするなら本屋に行って自分専用のを買ってほしい)、自宅から通えそうな大学をざっと見ていく。
 そのうち、井沢が入ってきて俺に声をかけた。
「よぉ優等生。今日も早いな」
 俺は普通の挨拶だけを返した。
 俺のことを少し嫌いなぐらいがこいつのデフォルトらしいから、ちょっとした嫌味は気にしないことにしている。まるっきり演技で愛想をよくされるよりはいい。
 多分、井沢も人がいない時間を狙って朝に来たんだろう。悪かったなと思いながら横に除ける。
 井沢は思いもよらない本に手を伸ばした。
「警察官を目指すのか?」
 俺の問いかけに、井沢は直接おおとかああとかは言わずに、「果てはお互い公務員だな」と死期を予言するみたいな口調で笑った。

【感想】
 普段から主観的な三人称を使っているので、何も考えず一人称にしてもあまり変化はなさそうだ……と、意識して感覚的な部分まで踏み込んだつもり。
 実際上手くいったかどうか。

 

15 別の主観性  2022/10/10

 この時間なら誰もいないと思ったのに、新田侑志は既に進路指導室にいた。
 いつでもオレの前を行くくせに、本人にはそのつもりがないときている。
 優等生とからかってみても新田に動じる様子はなかった。
 出直すのも悔しいから、なるべく意識しないように目当ての本に手を伸ばす。
「警察官を目指すのか?」
 新田が目ざとく訊いてくる。目標を具体的に定めているやつに、まだぐらぐらな、夢とも呼べないものを語れるほどオレは厚顔でも無邪気でもない。
 適当にごまかして笑ったけど新田は笑わなかった。
 オレがごまかすことは最初から知っていたような真顔だった。

【感想】
 実は井沢の一人称を書いたのはほぼ初めて(『Evregreen』十一話エピローグは井沢の語りだが、二行しかないうえに抽象的なので一人称と呼べるかは微妙)。
 彼はとても警戒心が強くて、三人称までなら近づくことを許してくれるが、一人称は……。
 今回も侑志に対する劣等感以上のことは教えてくれなかったな。これはもうバレてるからなのか、劣等感に偽装すればその奥の本音まで語らなくて済むからなのか。
 きっと直接触れないことで現れる輪郭もあるのだろう。

 

16 客観的に  2022/10/11

 朝八時頃、新田侑志が進路指導室にやってきた。
 資料コーナーの乱れを直して、立ったまま大学案内を見始めた。
 井沢徹平がやってきて、新田侑志をからかったのち過去の問題集を手に取る。
 短い会話が交わされる。

【感想】
 お手本では二人を遠くから見ている第三者の一人称だった。
 私は「客観的」とか「神の視点」とかで書くのが大大大~~~の苦手だ。客観性を保つのも難しいし、何が客観なのかわからなくなってくるし、あと主観のまじらない文章を書くのは私にとってあまり意味のあることではないし、とーーーーーーっても退屈なのだ。主観こそ自分と他人の差異であり面白い部分ではないだろうか?(言い訳が長い)
 今回も「1 メモ」「13 厳密に」とどういう違いで書いているのかきちんと意識できなかった。数値以外の客観性ってなんだ? 憶測と感情を省く以外の何が?

 

17 合成語  2022/10/12

 於朝自由時間に、ワイシャツ第一ボタン開け新田侑志が一定歩幅のまま静音入室する。
 軽度潔癖の気がある侑志は資料コーナーを簡略整頓し、大学案内を立ち続きでペラ読みしている。
 次来した井沢徹平が警官過去問をひょい取りし、侑志は「望成警官か」とふと聞きする。
 井沢が「最終相互公務員だな」と苦笑返答する。

【感想】
 確か夏目漱石がよくこういうことをしていたのではなかったか。
 一緒にするのもどうかとは思うが、私も「長々と説明したくないので字面で察してくれ!」というときに漢字の造語にルビを振って押し切ることがある。二次創作同人誌『楽園追放 -Children’s AnotherEden- 』で出てきた「双言語未成熟(ダブルリミテッド)」とかはそうだ。
『ブラック★★ロックシューター BEFORE DAWN』を読んでたら、これは漱石というより深見真先生の影響なんだろうなという気はしてきたけど。
 素人がやりすぎると(場合によっては一回でも)うるせえ、というのはこの習作を見るとよくわかる。最終相互公務員って何だよ!

 

18 ……でもなく  2022/10/21

 一年生でもなく、三年生でもなく、二年生という高校生活の中途で、新田侑志は自分の教室ではなく進路指導室のドアに手をかけた。
 目標はあれど、侑志はそこに至る道をまだ決めていない。残り少ない猶予の中で後悔のない選択をするためには、手持ちの情報では心許なかった。
 軽くはない本を開いて、見慣れない大学の説明文を目で追っていく。
 気付かないうちに扉が開いた。予期せぬことだが、知らない生徒ではなく井沢だった。
「よぉ、優等生」
 井沢は挨拶もなしに他愛ない軽口を叩いてくる。見方によってはおしゃべりに見えなくもない井沢を、口の減らないやつだと思う人もいるかもしれないが、侑志はそうは思わない。嘘偽りのないところ、井沢は喋るのが好きではない方だと感じることが少なくはないから。
 井沢がどこかゆとりのない手つきで、大学の資料ではなく警察官採用試験の過去問を持つ。
 驚かさないよう、踏み込み過ぎないよう、感情を抑えめにした声で侑志は尋ねた。
「警察官を目指すのか?」
「果てはお互い公務員だな」
 井沢は泣くでもない、怒るでもない、上手く笑えているとも言いがたい、何とも言えない顔で呟いた。

【感想】
 お手本はもっと「でもなく」連呼なのだが、拡大解釈して否定を重ねる文章にした。
 というのも、意識しないと本当にこういう文になってしまうのだ。普通に肯定文で書けばいいところを何故か否定文で書き、変にくどいことになる。
 ああ~また……とため息をつきながら推敲するのだがなかなか直らない。
 今回、意図的に繰り返したことで少し癖がわかった気がする。
 特に狙いがないのなら肯定文で、ということを引き続き意識しつつ、否定文も効果的に使えるようになっていきたい。

 

19 アニミズム  2022/10/22

 一八十センチオーバーの野球部員、というなかなかなハンガーを手に入れた学ランは、朝の光にぴかぴかと照らされて廊下を行く。
 このハンガーは学ランを手荒に扱わないのがいい。改造もしないし、家に帰ると必ずブラシをかけて消臭剤(抗菌)を吹きつけ、風通しのよいところにかけてくれる。
 襟のホックを滅多に留めないのが玉に瑕だが、ボタンは閉まっているので型崩れはしにくい。学ランは今日もぴーんと生地を張り、意気揚々と着られてやっている。
 廊下から部屋に入ると、陽射がやわらいでほっとした。直射日光は退色の原因になるから苦手だ。
「よぉ。優等生」
 あとから別の学ランが入ってきた。あいつはカラーも外されてボタンも留めてもらえずかわいそうなやつだ。
 ハンガーがしゃべると学ランの繊維はぶるぶる震える。軽くて強いポリエステルと、やわらかくて暖かいウールに、ハンガーの体温がじんわり行き届いている。

 
【感想】
 物を中心に据えた書き方をしたい、という欲求が毛ほどもないので苦労した。
 結局今のシーンではなく家のことや素材のことを書いている辺りが、お前……という感じ。

 

20 アナグラム  2022/10/23

 顔が煙草か項羽、資質白うどん。
 落雁の雌雄が、旦那がいい灰汁を読んでいる。        
 Y座が来て、いつ鮭羊羹司祭犬のモコ缶を取る。
 牛湯は、懐剣をカス野鮫、とネタ擦る。
 沢胃が、むう、お祝い版画小舘だな、永久苛ってた。

【感想】
 最初は子音と母音をバラしていたのだが、さすがにキツかったのでかなで並べ替えた。
 よく見たらお手本もそうしていた。(「付け加える」→「けつ食わえる」など)
 日本語でも相当きつかった。並べ替えるだけならまだしも、意味が通るようにするのが難しくて……いや意味通らなくてもいいのか。うううん

 

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