ロスト・アクトレス - 6/11

5.決戦準備

《何か必要なものは?》
「ダブルアクションリボルバー。出来ればS&WのJフレーム」
《随分と小ぶりな銃を選ぶな》
「……日本じゃ、抜き身で(コンシールド)はこれが限界だろう。弾薬は.三八スペシャルのフルメタルジャケット。変形弾頭の類は一切認めない」
《人道的で結構。自動拳銃は?》
「薬莢が勝手に飛ぶ銃は好きじゃなくてね。それと可能なら服の下に仕込める軽めの防弾衣。防刃性は度外視してもらって構わない、動きやすさ重視」
《手配しよう》
「ところで、いい加減あんた何者だ?」

 『アンツーク』に頼んだ品は、翌日には楠探偵事務所に届いていた。本当に何なのだか分からないが、今は自分も非合法の身なので神成も何も言えない。黙々と、嫌味ったらしいM360J――日本警察に納品されたものではなく、米国で市販される余剰品――の点検をしている。
「あ、あの! 神成さん、これ、使えますか?」
「え?」
 楠が、顔を上気させてギターケースを持ってくる。ここで弾き語りとも言い出すまいし、まさか、と顔を引きつらせる。
「楠さん。俺は、長物とかはちょっと……」
「見るだけでも! 見ますよね? 見たいですよね? 見たいはず。見たくないなんて言わせない。み、る、よ、ね?」
「わ、わかりました!」
 思わず敬語に戻ってしまった。今の楠はそれぐらいの迫力なのだ。この極端なテンションの変化は、ギガロマニアックス特有のものなのか、それとも彼女たちが俗にいうオタク趣味の人間だからなのだろうか? 渋々開けたケースの中には、悪い予想の二位ぐらいには位置している物が入っていた。
「ボルトアクション、ライフル……?」
「はい! 英国軍制式採用銃L96A1です!」
 楠は飛び上がらんばかりの笑顔である。何でそんなにハイテンションなのか理解出来ない。西條がノートパソコンで、香月華がしていたのと同じゲームをやりながら言う。今日もフードを被っているが、浅いので顔はほとんど見えていた。
「ゆ、優愛は最近スナイパー推しだから……諦めてよ。俺自身がバーローになることだ、ってぐらいだし」
「や、やめてください西條くん。わたしはこうなる前からこの仕事やってます、から……」
 楠は真っ赤になった頬を押さえる。どこまでが恥ずかしくなくてどこから恥ずかしいのか、神成の基準では全く分からない。
「って言ってもな、俺、元一課の総務だから。狙撃銃なんて、特殊班の先輩が、訓練中に面白がって持たせてくれたぐらいで……そういえば、あのときマガジン挿さってなかったはずなんだけど」
 神成は、無造作に挿しっぱなしの弾倉に触れようとして、やめた方がいいよ、と西條に止められた。
「優愛はそれ、中がどうなってるのか知らない。『わからない場所』をあんたが観測して、優愛が『これは使い物にならないんだ』って認識した瞬間、それは本当に使えなくなる。優愛に出来る現実化(リアルブート)なんてそんなもんだから」
「なんだその恐ろしい武器!」
「ただし、優愛がそれを『ライフル』だって思い込んでて、あんたが『撃てる』と信じてる限りは、多分、『撃てる』と思われ」
「ものすごいギャンブルだな……」
 神成はうめきながら、改めてその『狙撃銃』を観察した。見た目はとても精巧……だろう、恐らく。神成が警察学校で訓練を受けたのは拳銃までで、こんな一メートル以上もある銃の実物を、まじまじ見る機会などそうそうない。
「む、無理そう、ですか……?」
 楠が顔を覗き込んでくる。先程『見ろ』と強制したときの影はなく、その表情は叱られるのを予期している仔犬のようで。神成はつい悩んでしまう。
 ここで自分が『無理だ』と言ってしまうのは簡単で、きっとこの『銃』は霧散して『なかった』ことになって。久野里の理論通りなら、神成は『ここにL96A1の紛い物があった事実』さえ忘れてしまう。そうしたら、彼女はそれを覚えているのに、落胆を匂わせもせずに、また紅茶でも淹れてくれるのだろうか。あの春めいたやわらかな笑顔で。
 大きくため息。神成はすぐその分を吸い直し、一度止める。
「楠さん」
「はい」
「俺はこの銃に次弾が装填されるイメージを持てない。共有出来ない」
「……はい」
 沈む声。神成は『狙撃銃』の銃身を睨みつける。
「でも、一発だけ。『今、薬室に入っている一発』を、撃ち出すことだけは、『出来る』。全力でそう信じるから、君も俺に、妄想を託してほしい」
「……はい!」
 楠の表情がぱっと華やいだ。もしかして一連の思考を全部読まれていたら死にたいなと思った。
「り、リア充裏山……しくない!」
 西條が突っ伏したのもやっぱりよく分からない。
「君は何の準備もしなくていいのか、西條くん」
「大丈夫だ、問題ない」
 神成が問うと、西條は急に凛々しい口調になって立ち上がった。壁際から拾い上げたのはやはりギターケース。もしや、と警戒する神成の前で、彼はするっとつまらない偽装を解く。
「僕は、これしか使えない。こんな装備で、大丈夫」
 そこに納まっていたのは、神成の悪い予想の第一位。即ち、剣だった。鍔さえもない、ただただ真っ直ぐな。哀しいほどに、それだけの。純粋なまでに研ぎ澄まされた、フォルム。
「い、今はこの長さだけど、興奮するとおっきくなるから。ふひひ」
「何故唐突に下ネタを……」
「でも、本当なんです」
 楠がそう呟くのでぎょっとした神成だが、結局何も言えなかった。彼女がひどく寂しそうに、微笑むから。
「あれは、ただの剣じゃありません。咲畑さんだけが、『本物』に出来る……『ディソード』です」
「そう。僕はもう、ギガロマニアックスじゃない。これはレプリカ。つまんないニセモノだけど」
 西條が振り向いた拍子に、フードが落ちた。その『剣』を握り締め、素顔をこちらに見せながら、『西條拓巳』はひきつり笑う。
「あんた、僕に梨深が大事かって訊いたよね。そうじゃない。梨深の為に、僕がいる。ギガロマニアックス・咲畑梨深の『補助装置』――それが今の僕の、自宅警備以外の、仕事だ」
 神成は、圧倒されて声もない。ただ、格好いいのかどうかはよく分からないままだった。