だいぶおかしな僕と君

「次で降りるぞ」
 教えてやったところで聞いているのだか、いないのだか。電車の中、椅子に座ってスマホをいじっている久野里澪を見下ろしながら、吊革につかまった神成岳志は大袈裟に嘆息した。
 別に遊びに行ったわけではないのだ。職務上の必要にかられ、電車で移動していた。目的地周辺には駐車場がなかったから。そこに、どこで聞きつけたのか知らないが、久野里が乗り合わせてきて。結局行動を共にすることになり、また内部機密を随分持っていかれた。
 何かあったらこちらの首が飛ぶだけでは済まないことを、彼女は理解しているのだろうか?
「なぁ、聞いてるか?」
「乗り換えだろう。降車して5分後に6番線ホームから発車、階段は7号車近くのものが最も近い」
 さらりと言い捨てると、久野里はスマホをポケットに突っ込み立ち上がった。いきなりのことで神成は危うく顎に頭突きを食らいそうになる。
「まだ停まってないけど!」
「先に7号車まで移動する」
 彼女はそう言って、さして多くもない乗客を押しのけ、連結部のドアを目指して8号車の中を行く。後を追いながら、嫌な顔をしている人々に頭を下げて回るのは、当然神成の役目だった。
 電車がようやく停まる。ホームに降り立った久野里は、最短距離でエスカレーターを目指す。俺だって効率がいい方がいいとは思うけど、と内心でぼやきつつ、極端すぎる彼女に置いて行かれないようにしながら、神成も電気仕掛けの階段へ。
「なんか、甘い匂いがするな」
「あ? タイムスリップでもしてきたのかあんた。エキナカのスイーツなんて今日び珍しくもないだろう」
「いや、いつものバター臭い感じとは違ってる。もっと懐かしい感じ――」
 話の途中でエスカレーターは終わり、久野里はICカードを叩きつけながら自動改札を抜ける。私鉄とJRだから一度出ないといけない。神成も電子部にタッチして後に続く。匂いの正体は、左を見ればすぐに分かった。
「ああ、たい焼きか。道理で。学生の頃、よく帰りに買い食いしたよ」
 久野里はくだらないという顔をして、黙って通り過ぎようとする。が、腹の虫はかわいらしい声で本音を告げた。神成は笑いをこらえながら肩をすくめる。
「久しぶりに食いたいけど、この歳で自分だけってのはね。久野里さんも付き合ってくれないかな?」
「……あんたのそういう、気を遣ったつもりでいるところが心底気に食わない」
 顔を赤くした久野里は、そう吐き捨てながらも『いらない』とは一言も口にしなかった。
 たい焼き屋は、普段駅の外に店舗を構えているらしく、中での販売は期間限定。ちょうど今日が最終日だったのだそうだ。神成は定番のつぶあんを、久野里はカスタードをそれぞれ選んだ。
「本当に食べ物のセンスまで凡庸極まりない」
「おごってもらって何だその態度……宇治抹茶あずきと結構悩んだんだぞ」
「そっちこそ、付き合ってやっているのは私だぞ。――頭と尻尾はどっちが?」
 歩き出しながら、久野里は妙な質問をしてきた。神成は今にもたい焼きにかじりつこうとしていた口を中途で止めて、首をひねる。
「深いこだわりはない。強いて言えば、出された方」
 どっちから食べる派、なんて俗な質問こそ、この久野里澪が発するとは思えなかった。
 ふぅんと気のなさそうに答えた久野里はたい焼きの胴を引きちぎり、カスタードたい焼きの上体を突き出してくる。神成は面食らってしまった。
「なんだ、半分しか食べないのか?」
「違う。あんたも半分寄越せって――」
 何を今更と言いたげにまくしたてかけて、彼女は『神成岳志には今更ではない』という事実に気付いたようだった。ばつが悪そうに、ひっ込めたたい焼きの頭にがっついている。
 神成は苦笑して、どこの店のでもさして変わり映えしないように思える、つぶあんのたい焼きをかじった。
「そうやって、いつも半分こにしてた誰かがいたんだな」
「……シェアだの一口交換だの、そういうのが好きな女がいたんだよ」
 久野里は不機嫌そうに、クリームのついた指を舐めている。
 見当はついていたけれど、それを得意げに特定して見せたところで、互いに何の益にもならない。
 神成は自分のたい焼きの背びれを指先でいじる。
「俺は交換じゃなくても、半分君にくれてやったっていいよ」
「いらない」
「フラれたな」
 おふざけで済んでいるうちは、ふざけていたって構わないだろう。
 神成は、焼かれた鯛をさっさと胃の奥へ押し込んだ。
「それっぽっちで足りるか? 今日は直帰出来るようにしてあるし、常識の範囲内でならもう少し財布になってやるけど」
「足りるわけないだろ、ポンコツ」
 彼女も西洋かぶれの鯛を始末して、ポケットに手を突っ込んだ。が、取り出したのはスマホではなく先刻街中で配られていたティッシュ。汚れた指先を乱暴に拭く。
「ここまで来たら、データ検索より五感の方がアテになる。せいぜい鼻を利かせろよ、警察犬」
「誰が犬だ。ご存知ないB級スイーツで驚かせてやるからな、帰国子女サマ」
 やってみろと彼女は案外無邪気に笑って、神成も割合素直に笑い返す。
 恋人というには遠すぎる。友人というにもまだ離れて。兄妹という柄でもない。
 おかしな俺たちは、傍からは何に見えるだろう。
 さしあたり、まだ並んで何かを食べてみたりしようか。たとえば、安っぽい甘いものだとか。