ささいなささいな古い癖

「あ、久野里さん。火ィあるか?」
 フリージアの応接間で百瀬の帰りを待っていた神成は、入ってきた別の女性を見るなりそう口にしてしまった。蔑みの視線に、しまったと気付いてももう遅い。
「私は、未成年、ですよ。『有能な』刑事さん」
「……すみませんでした」
 凍てつくような敬語に、思わずこちらも丁寧語になる。いつも尊大だからといって、十七歳という彼女の年齢をすっかり失念していたのは、全面的にこちらのミスだ。神成は嘆息して、持っていた箱をテーブルに置いた。久野里はずかずかと近寄りながらそれを見下ろす。
「どうした、その安煙草」
「同僚がな、間違えて隣のボタンを押しちまったんだと。やれメンソールは嫌だとか無理やりポケットにねじ込まれてさ、ただ捨てるのもなんだから一本ぐらい味見しようかと思っただけ」
「ふぅん。でもあんた煙草やらないだろ」
「基本的にな。服にも車にも臭いつくし、味もそんなに好きじゃない」
 それに、と言い掛けて口をつぐむ。箱の底を軽くテーブルに叩きつけると、先程から出したりしまったりしている一本が顔を覗かせる。抜き取って人差し指と中指で挟み、口唇に寄せた。
「なんだ、昔の女のことでも思い出したような顔で?」
 久野里が嘲るように言いながら、肘掛に寄りかかってくる。彼女の背中を横目で見ながら、そんなんじゃないよとくわえ煙草で神成は答えた。
「多分初めて吸ったのは、男同士のバカなカッコつけ。で、盛大にむせたんですぐ負けを認めた」
「にしちゃあ、扱い慣れてる。『火はあるか』と訊く程度には」
「……否定はしないよ。吸ってた時期もある」
 神成が煙草ときっぱり縁を切ったきっかけが。
『なぁんだ神成、お前も煙草苦手なのか。仲間だなぁ』
 と。いたずらが見つかったように笑いながら、背中を叩かれたことだったなんて。聞かせる義理はない。好きでもない煙草の扱いに慣れてしまった理由と同じくらい。
 でもそれも、もう意味のないことなのかもしれない。口唇に挟んだままの煙草を揺らしていると、細い指が急にそれを取り上げた。見上げると、蛍光灯を逆光にして、彼女は冷めた目で神成を見下ろしている。
「悪ぶるのが下手すぎる。それにこの事務所は禁煙だ」
「そうだな。失礼した。やっぱりこれは捨てるよ」
 神成は苦笑して、未成年の手から煙草を奪い返した。久野里が意地悪く笑って肩をすくめる。
「向こうの安ドラマじゃ、ここで口寂しさを紛らわす為にラブシーンに突入するのがお決まりだな?」
「君はバカか?」
 神成は立ち上がり、彼女の顔を至近距離で見つめて、口唇を歪めた。
「ガキのキスより、キャンディかチョコレートの方がよっぽど上等だ。あと三つほど歳を食ってから言うんだな」