非常識なまでに常識的な貴方

「信用調査会社?」
 神成岳志は、先輩刑事・判の口にした単語を、不快感も露わに繰り返してしまった。その業種は、彼が『社会的に有益だとは思うが個人的にいけ好かない』ものの一つであったから。
 判がそこへ自分を連れていきたいと言った真意も、全く分からない。
「そう嫌な顔するな。ちゃあんと、公安委員会の審査には通ってる事務所だ」
「探偵業法を守っている、とは言わないんですね」
「おおこわ。俺、お前のそういうレトリックに騙されない律儀なところ、いいと思うぞ」
 まぁ俺みたいな馬鹿な刑事になる覚悟がないなら無理強いしない、と判はやわらかに言う。
 そうなると、神成の方が弱い。結局は話術以外のところで騙されていると、自覚はあって笑み返す。
「俺は、馬鹿でもずるくても構いませんよ。ただし本当に判さんみたいになれるなら、ですが」
「はは。確かにもう手遅れな馬鹿だわ」
 じゃあ行くか、と誘われ、二人して警視庁の眼前にある、桜田門駅の階段を下っていく。聞けば目的地は渋谷らしかった。
「社長が古い知り合いでな。こっちの手の届かないところまで、詳しく調べてくれる」
「よく聞く『情報屋』ですか。俺、まだ固定で話を聞ける相手はいなくて。信頼を築くのって難しいですね」
「お前はまともに見えすぎるんだよ。後ろ暗い奴ほどお宝を抱えてるもんなのに、連中、相手が自分と違う人種だと思うと、全く口を割りやがらねぇ。たまにはもっと悪ぶっとけ」
「判さんみたいにですか? ひげでも生やすかな」
「よせよせ、若造がやっても薄汚ぇだけだよ」
「でしょうね。今度は真っ当な市民に疑われそうだ」
 有楽町線は比較的本数が多いが、流石に着いてすぐというわけにはいかなかった。
 陽の射さない地下鉄のホームは、ひんやりと静まり返っている。
「判さんの捜査って、いつも常識外れですけど。そういうの、どうやって思いつくんです?」
 慌ただしいばかりの職場から離れた束の間の機会、神成は常日頃から気になっていたことを尋ねてみた。
 判は穏やかに、俺が常識人だからだよと答える。
「『常識』ってのはな、神成。いつも自分てめエの常識の外からしか見えないもんなのさ。だから俺は『当然』を疑う。確かめようとして『飛び出す』。見失わない為に本道から外れる……なんて、これは流石に禅問答か?」
「……いえ」
 神成は眉間にしわを寄せて、足元を睨みつけていた。
 理屈は分からない。だが、言いたいことは多分、解る。
「きっと真理だと思います。正しいかはともかく」
「それも言葉遊びだなぁ」
 判は笑いながら、うちわで自分を扇いだ。それ何の意味があるんですかと、神成は未だに訊けていない。
 代わりに苦笑する。
「法と公なんて、いつだって言葉遊びと解釈の余地で編まれた、隙間だらけの網でしょう。目をすり抜けるものが無害な『常識』、引っ掛かる有害な『非常識』を捕まえるのが警察官」
「『常識』みたいな顔して、しれっとすり抜けようとするイカサマ師を見破るのもな」
「刑事はそっちがメインですかね。胃が痛いですよ」
「異動するか? 警察のオシゴトもいろいろだぞ」
「まさか。俺、イカサマされるの大嫌いなんです。それで負けるのなんて、本当に御免ですから」
「そんならやっぱり、お前さんはデカとして生きるっきゃねぇわな。ホントに根っからしょうのない奴だ」
 判が哄笑して、かき消すようにアナウンスが鳴って。滑り込んできた電車に二人は乗り込む。
 行き先は賭博場。イカサマだらけのゲームは既に始まっている。
 ベットするのは、己の命と常識(かこ)正義(じょうしき)