2022/06/17 Twitterスペースにて
運営:招文堂さん(@shobundojinshi)
主宰:花村渺さん(@b_yo22)
で行われた、文芸作品の意見交換会に関するメモです。
多聞さん 『髭の待遇』
【よいと感じたところ】
・全体的に無駄と感じる文章がなく、然るべき字数におさまっているという感じがする
・冒頭のカメラの動きがよい、「部長の声に顔を上げる」→「ぷつぷつと生えた顎髭」
・「春期ブンカクサークル定例会始めるぞ」の台詞だけで、説明を言い募らなくても状況が分かるのがいい
・一行目から、「タイトルに含まれる単語(髭)」「主人公の気にしていること(誰かを探している)」が出てくるので、何を念頭に置きながら読めばいいのか明確で読みやすい
・主人公が髭を気にする描写が繰り返されるため、どうしてこんなに髭を気にしているのかという疑問が先に進ませてくれる
・「正直、最初読んだときは~」「本当にすごいです、部長」の箇所、
間にモノローグを挟まず「一人うなずきながら原稿をめくる」という動作だけにとどめているので、かえって熱量の高さが伝わってくる(話すのに夢中で内部で考えている余裕もない感じ)
・「向かいに座る白い肌の人物」が中盤急に出てくるのではなく、冒頭できちんと出てきていたので唐突感もなくすっと読めた
・「あとでなんか言われたらさ、おれに無理やり連れ出されたって言えばいいよ」軽やかで優しさもある言い方が素敵
・「言葉の選択が詩人だと~」みんなが笑ったフレーズも、この人は本質的な価値として認めて言ってくれているのだという比較がいい
・期待と不安がないまぜなラスト一文がとてもいい
【気になったところ】
・「カフェテリア」という場所を示す単語が出るのが少し遅い、「サークル定例会」という言葉から部室をイメージしていたので、修正するのに手間取った
→場所・時間などはなるべく早い段階で提示してあげると、齟齬や乖離が生まれる前に読者とイメージを共有しやすくなる
・「湿気の高い空気が~」「街灯の光も~」天気や時間など、周囲の状況も他の文章と併せて描写できるともっといい
・「メンバー」が何人ぐらいいるのか規模を知りたい、「爆笑」も数人なのか十数人なのかによって印象がまるで違う
・「慌てて他の原稿に手を伸ばす」「手元の原稿に目を落とした」とあるが、それまでどういう状態だったのか(『髭の待遇』を持っていた? 描写がない。右手と左手はそれぞれどうなっている?)
・主語の欠落が目立つ
「ごめんごめん、と軽く謝り(砂原は)こちらを見やる」
「(僕は)何も返せなかった」「(砂原は)こちらの表情を確かめるように」
など
よく読めば分かるのだが、その《よく読む》ために一瞬迷っている時間も脳には負担がかかっている。
一ヶ所一ヶ所は大した負担ではなくても、繰り返されるうちに《なんだか読みにくい》という印象を与えてしまう
主語は省くとしても視点人物だけ、他はなるべく逐一書いた方がいい(商業作品でもそうなっている場合が多い、意外としつこい感じはしない)
・砂原の肌を表すのに、三回「白い」と言っているので、別の表現や比喩に置き換えると人物の立体感が出るかも
例:日焼けの気配もない、よく洗ったワイシャツのような、など
月並海さん 『魔女は熱帯夜とともに』
【よいと感じたところ】
・ティーンの揺れ動く気持ちや青い関係性がよく描かれていて、爽やかな読後感だった
・「去年まで~夏を謳歌していた」の内容が具体的に出てくる(夏期講習・プールや海・短期バイト)ことで「私」の等身大の姿が浮かび上がってくる
・「お姉ちゃんが諦めてくれそうな言葉を選んだ」など、姉妹の微妙な距離がうまく表現されている
・家業・才能・下の子だけが大学受験などリアリティを盛り込むことで、ファンタジーな世界観の中における感情の本当らしさが際立っている
・「露わになった脚に直撃する冷たさが苛立たしくて」「草の匂いとべたついた汗の感触」「六年ぶりに乗った箒は~頬を過ぎる風の強さに驚いた」
など、身体感覚に訴える表現が上手で、自分が体験したことのように感じられる
【気になったところ】
・最初の三行は削った方がいいかも。メインテーマに関わることだからこそ、明示せず感じてもらった方がいい。人は説明されたことより、自分で感じ取ったことの方が印象に残りやすいので
・「白い生足を晒して」駆けていく女子高生と、「ハーフパンツから出た」脚が「真っ白い」「私」、どちらも白で対比になっていない。
→脚の白さで夏らしくない受験生を表すなら、女子高生を「小麦色に焼けた」など違いをしっかり書いた方がいい
・全体に同じような表現の繰り返しが目立つ(「部屋にやってきた」「部屋に入ってきた」「部屋に入るなり」)(「夏を感じさせる」「夏を感じるな、と独りごちる」)ので、言い換えを検討する・一ヶ所で伝わっていそうなら思い切って二ヶ所目以降の表現を削るなどバリエーションを増やすことを意識するともっと華やかになりそう
・「名前を呼ばれ手を振られる」「肩を掴まれ伝えられた言葉」「箒をずいっと押し付けられる」「手を引かれ」「手をぎゅっと握られる」「静かな声で呼ばれる」など、受動態が多く続いているのが気になる。
文章は基本的に能動態の方が意味を取りやすいので、いくつかの主語を「お姉ちゃん」などにした方が読みやすくなると思う
草群鶏さん『たしかめるのは君の輪郭』
【よいと感じたところ】
・「くすくすと」「そうっと」「ふっつりと」「へらりと」など、副詞の使い方やリズムが独特で読んでいて気持ちがよい
・「アトリの大きな手がひらひらと舞った」擬人法にも個性が出ている
・会話のテンポのよさ、人物の人間的厚みが出色で、さらにそれらのよさに甘えて表現を痩せさせることなく、表情や口調・仕種などでキャラクターの存在感を深めている
・「なにかがアトリの背筋を~また沈んでいく」など、内的な身体感覚(暑くて汗をかくなどの外部刺激に対する単純な反応ではなく、心理的な要因から発生するようなもの)をとらえ言語化する能力の高さを強く感じる
・ラストシーンの会話~「手をつないだままでいた」の締め方も、二人の精神的つながりが伝わってきて、余韻も感じさせるいい終わり方だった
【気になったところ】
・冒頭の「アトリは袷の襟元に手を差し入れた」が一見どちらの襟元か分からない(自分のとも取れる)
→「娘の」と二文字足すだけで混乱の種を減らせるなら足した方がいい
・キリエの外見描写が「逆光に燃え上がる赤毛、爛々とひかる緑の瞳」と感情表現まで含んで見事な一方、アトリの外見描写が「見た目にも恵まれ」しかないのが気になる
・表記ゆれが多い(「二人」「ふたり」)(「間」「あいだ」 など)
→明確なルール(キリエとアトリの場合のみ「ふたり」、ただ人数を表す場合には「二人」など)を設定するか、こだわりがないのであれば統一した方がいい。読者が、そのゆれに意味があるのか考えて手を止める可能性がある
・「その不調」「その能力」「これ」「そのこと」など指示語が多い
→指示語をゼロにすると意味が通らないケースが生じるが、なくても伝わる場合は削ったり、指示語でぼかさず明確な言葉を入れた方がすっきりする
例:「自らの力の~アトリは《そのこと》に愕然とした。いつか《これ》を制御できなくなる~」
→「アトリは《》愕然とした。いつか《(己の)能力/自分で自分》を制御できなくなる」など
エイドリアンさん『あとがき』
【よいと思ったところ】
・平易な文章でとても読みやすい
・お礼の言葉のバリエーションが豊かで、人の良いところを見つけようとする姿勢が伝わってくる
【気になったところ】
・「やってもらったこと」「それに対するお礼」が書かれているだけなので、文芸作品というより「お礼状」になってしまっている
→「自分がしたこと」「それについて考えたこと」「この本を通じて自分に訪れた変化」など、自分ならではの視点で自分にしか書けないものを目指してみては?
花村渺さん『斎』
【よいと感じたところ】
・初見でレベルの高さに圧倒された
・ひらがなの使い方が独特で、個性ある世界を作り出している
・台詞がほぼないことで流れが阻害されず、最後まですらすらと読める
・地の文のみでここまで読ませるのはすごいバランス感覚だと思う
・妻が「ほほえむ」シーンが何度か出てくるが、全て違う表現なのが素晴らしい
(「すこやかにほほえむ」「無邪気にほほえんだ」「おさない笑み」「あどけない笑み」)
・「僕は人間の暮らしというものが~僕はみすぼらしくなる一方だが、妻はいつまでもうつくしかった」
狂気(?)がまだ「人間」の主人公には害毒で、もう「人間の暮らし」をしていない妻には益であるという対比がよい
【気になったところ】
・妻の変化は丁寧に描かれているが、主人公の感情や感想がほとんど語られていない
・最後の「自我が融解する」を劇的に迎えるためには、序盤で明確な《境界》への言及が必要
→「僕」「妻」「はこべら」の《境界》=開始時には明確に別であったもの、《どのように別であったか》をきちんと描写する
・《変化》は物語の開始時と結末の《ギャップ(落差)》が大きいほど効果的になる。どういう状態から変わっていったか、スタート地点がはっきりしている方が結末の《変化》に対する読者のリアクションも大きくなる
・主人公のはこべらへの言及は「白く美しい毛なみ」「服を嫌う」「干したばかりの~」「洗濯機を~」など、客観的事実や動作のみであり情を感じづらい
・妻も変化の様子を描くのみで、《主人公がどう感じたか》感情としてのリアクションがあまりにもない
→はこべらが入る前の妻と主人公の関係はどうだったのか、どんなところが好きでどんな会話を交わしていたのか、それが失われたことをどう感じているのか
→主人公ははこべらを具体的にどのように愛していたのか、どんなところが大切だったのか、いくら「かわいがっていた」とて、妻がここまではこべら(?)の側に引きずられていることに葛藤や怒りや悲しみは最初から一貫して生じていないのか
・主人公の《思考と感情のプロセス》が欠落しているので、読者が主人公の結論に理解・共感を抱く(とまではいかなくとも推察は可能な程度の)材料は欲しい
※ただ、主人公の感情や受容のプロセスが排されているがゆえのこの完成度かもしれないので、手を入れるなら慎重に計算していかなければならないと思う
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氷上が提出したのは『傘を咲かす』でした。
いただいた意見をもとに、後日修正版に差し替えたいと思います。
とても楽しく勉強になる会でした。ありがとうございました!