「手を貸して」(台詞お題)

「ナンナ様! 魔道隊の一人がサイレスの術を……」
「セティ様が下がらせたのならそのままユリア様のところへ、解呪後魔除けを持たせて前線へ復帰させなさい!」
「ナンナ様! この者が毒矢を……!」
「具合を見せて。そう、ありがとう。これ以上回らないうちに、この薬草で解毒を。それからすぐに通常の手当てをしてください、杖を使うほどではないけれど放置すると化膿しかねない」
「ナンナ様! 重傷者が……!!」
「私が初期対応します、処置後直ちにラナの方へ回して!!」
 戦場の只中で、少女は声を張り上げる。
 リーフたちレンスター勢が、セリス率いる解放軍と合流して、まだ日も浅い。にもかかわらず、ナンナは早くも衛生兵を率いる一隊長としての任にあたっていた。
 彼女の自己評価では、自身がそれほど有能な器だとは思っていない。だが杖を操れる他の少女たちは、『戦乱』を身に染みて解っているとしても、『戦場』をあまりにも知らなかった。救い祈る力は彼女たちの方が上でも、抗い争うための意思というものを否が応にも持たされたのは、ナンナの方が先だったという話だ。
 機動力の差もあって、癒し手たちに関しては、他に候補もなくナンナが指揮を執ることになってしまった。
 流れとはいえそれはそれ。引き受けた以上は全力で取り組むのが筋というものであるし、本人にとっては多少業腹ながら、ナンナには両親と同じく『人に指図する才能』があった。
 そしていかにも不承不承という様子で、『的確である』という周囲の評価を頂戴している。
「ナンナ!」
「今度は何――」
 厳しい顔で振り返ったナンナは、その相手を見て余計に眉を吊り上げた。
 この世で――獅子王は故人だから――唯一絶対の敬愛と忠義を捧げてきた相手。レンスター王太子・リーフが、白馬にまたがってそこにいる。
「忙しそうだね」
 こんなところで、呑気に苦笑している。ナンナは目眩を起こしそうになった。
 そう、ナンナは彼を敬愛している。だが彼女は同時に、自らの主がどうしようもなく未熟な青二才だということを、痛いほど知っていた。
「解っておられるなら、こんなところで遊んでいないでください! 今前線がどれだけ……!!」
「うん、そうだね。今前線は崩壊しかかってる。だから私が下がってきた」
 リーフは笑みを消し、静かな顔で呟く。ナンナはとりあえず小言を中断し、彼の言い分を聞くことにする。
 彼女の主は未熟で甘い。だが彼は確かに、現在の旗頭であるその従兄と同じように、『戦乱』の中で立ち上がり、『戦場』を駆け自らの運命を切り拓いてきた。だからナンナは、リーフという少年の行動を諌めはしても、その王子の命令を違えることはない。
「負傷者が多すぎて戦線が維持出来ない。一人でも多く、早く、彼らを復帰させたい。衛生兵が、『一人でも多く欲しい』」
 リーフが馬の鞍から、一本の杖を取り出した。かつて彼の母君が使っていたというそれを握り締め、リーフは不敵に笑う。
「僕がサラに何を習って、今『何』になったか忘れたのかい?」
「――ええ。そうですね」
 ナンナも不器用に笑い返す。こういうのが下手なのはきっと父譲りだ。
 リーフは、ナンナの母と同じマスターナイトになった。聖戦士という究極のかたちをとれないがゆえに、全てに通じた。まだ治癒魔術は拙いけれど、いないよりは随分助かるだろう。
「私の指揮下に入る以上は、リーフ様といえど一兵卒としてこき使いますけれど。それでもよろしいのなら、お手を貸してください」
「勿論、ナンナ隊長。手始めに私は何をすればいいですか?」
 リーフがおどけて肩をすくめたとき、また負傷者がナンナの元へ運ばれてきた。
 ナンナは自分の頬をぱんと叩き、気持ちを切り替える。碧の瞳でリーフを睨む。
「まずはその無駄口を止めて。それから、重傷者を優先して魔力切れまで杖を振ってください!」
「了解!」
 自分が言ったことだ。だからナンナも、リーフの背を見送るような無駄な時間は過ごさない。瞬時に傷の具合を判断し、どこへ行けばいいかその声で導く。
「諦めないで! 我々は死ぬために、傷つくために戦っているのではありません! 前へ、未来へ、共に進む意志を捨てることを、私は一切許可しません! 生きてここまで戻ったのなら、最後まで生き抜いてみせなさい!!」
 陽暮れまでに、今回の戦は決した。
 物的被害は甚大。負傷者多数。ただしあの後、戦乙女の命に背いた者は、一人もいない。