覚悟の色

 彼らの逃亡劇といえば、皆がひどい思いをした時代だったことを考えても、散々な部類に入る。
 それでもリーフとナンナは、その全てを不幸と感じていたわけでもなかった。
 とりわけこんな、森の中でキノコ採りの手伝いなどをしているときには、ただの村の子供たちになったようで楽しかったのだ。本来の身分であれば、きっと経験することもなかっただろうから。
「ダメだぁ、見つからないよナンナ」
 リーフ少年が愚痴をこぼすと、いくつか年下のあどけない少女・ナンナが、大人ぶった口調で返す。
「だってリーフさま、下ばかり見てらっしゃるのですもの」
「キノコは地面の暗いところに生えるんでしょう?」
「木のみきだって、生えますわ。……ほら、見つけた」
 ナンナの小さな手が、その平ほどもあるキノコを摘み取る。リーフは口唇を尖らせた。
 たくさん採ってフィンたちを喜ばせようよと言ったのはリーフで、ナンナは頷いてついてきたはずなのに、結局のところキノコは彼女のところに集まるばかり。リーフの方は、まるで戦果が上がらなかった。
「でも、あんまり採ってあらしてしまうと、つぎの季節から生えなくなってしまうからって、お父さまもおっしゃってましたし。今夜食べられるぶんだけで、じゅうぶんですよ」
「そうだね。いつも正しいのはフィンとナンナの方だ」
 拗ねた口調で言ったリーフだったが、その顔がぱっと輝く。
 茶色い兎が一羽、彼らの傍にやってきた。リーフが膝をついて、おいでと手を伸ばす。
「人なつこいや、なでても嫌がらない。ねぇナンナ、かわいいね」
「……はい」
 ナンナは苦笑して、その場から動かずに兎を見つめていた。リーフが手招きをするとおずおずと近づいてはきたものの、両手はキノコを入れた籠を強く握り締めたまま。
 首を傾げ、リーフは兎を抱き上げる。
「ナンナ? どうしたの? うさぎがこわい?」
「いいえ、うさぎは……好きです。かわいいし」
「だったら触ってごらんよ。この子大人しいし、かみつきやしないよ」
 リーフがナンナの手を掴もうとすると、いやっと悲鳴を上げて彼女は振り払った。
 ナンナが、父の主たる少年を、少し年上の幼なじみを拒んだのは初めてのことだった。そのためか加減が分からずに、後ろにバランスを崩して尻餅をつく。
 せっかく集めたキノコがばらばらに散らばった。
「……ごめん」
 リーフは途方に暮れて呟く。兎はナンナの剣幕に驚いて、腕から飛び出して逃げてしまった。
 お互い空っぽの両手だけが残った。 
「わたし、こそ、もうしわけ、ありません」
 ナンナは震えていた。自らを抱くように両の二の腕を握り締めている。
「うさぎが、こわいんじゃ、なくて。わたしは……お父さまと、リーフさまじゃない『生きているもの』にさわるのが、こわくて」
「どうして」
 リーフは静かに問う。ゆっくりと、座り込んだままのナンナと顔の高さを揃える。
 ナンナの碧の瞳は地面を睨んでいた。
「いつか、うばうかもしれないものの、あたたかさを知るのが、こわくて。お父さまは、リーフさまをお守りする槍で、わたしは、リーフさまをお守りする剣でなくっちゃいけないのに。知ってしまったら、わたし……きっともしものとき、殺せなくなってしまうから」
 リーフは、まだ男らしさのない華奢な両腕を伸ばす。兎にしたのより何倍も繊細に、丁寧に、ナンナに触れる。
「ぼくは本当は、そんなことしなくていいってきみに言うべきなんだ。きみはぼくがまもるって。でも、そんなぼくのつまんない意地なんかじゃ、頭のいいきみは納得しないんだろうね」
 リーフの指先が、ナンナのこぼした雫に濡れて。彼はそれを、可能な限り拭っていく。
「だから、いっしょに知ろうよ。命の重さとか、流れる血のあたたかさとか。逆にさ、知らずにうばうのはとても失礼だから。どれだけあたたかいのか知らなければ、どんなに大切か知らなければ、ぼくらはきっと『国』も『民』もすくえやしないから。ね、ナンナ。全部いっしょに、知って、背負おう」
「――リーフさま」
 はいとかすれた声で答えて、少女はようやくその顔に笑みを取り戻したのだった。