ガリアには森と岩場が多い。だがそれだけではない、このような土手もあることにはある。
私はそこに寝そべって空を見上げていた。
女神との戦いからしばし時が経ち、各国が落ち着きを取り戻した頃、カイネギス王は正式に禅譲を表明された。今や立派に成長したスクリミルの即位に反対する声もなく、現在ガリアは国を挙げて式典の準備を行っていた。我々軍人も例外ではない。武闘演舞の練習や警備の確認……やることは山積みなのだ。
今も夜勤明けで酷く疲れているのだが、まだ神経が高ぶっていてすぐには眠れそうもなく、こうして気持ちを落ち着けているのだった。
「レテ。何やってるんだ?」
そんな私の顔を無遠慮に覗き込んで来たのは、アイクだった。即位式に列席する面々の中でも、グレイル傭兵団は最も早くガリア入りしていたのだ。
私との約束をついでに果たしに来たようで、少々腹立たしくもある。
「お前こそ何してるんだ。こんな早朝に」
「目が覚めちまったんだが、朝飯までは時間があるんでな。散歩して気を紛らわしてた」
アイクはそう言って私の横に寝転んだ。同じように仰向けになり、上を見る。
「空、もう青いな」
「ああ。この時季は日の出が早いからな」
私は短く答えて黙り込んだ。アイクも合わせて口をつぐんだ。風が吹いている。
「……ライがな」
不意に私が呟くと、アイクがこちらに頭を転がす気配がした。私は顔を動かさない。
「こうして見てると空に浸かってるみたいだって。このままミルクに浸したパンみたいに、ひたひたになって解けてしまいたい、って言ってた」
アイクは、ごろんと顔を上に戻した。
「あんたは?」
私は綿帽子みたいな雲を見ていた。
「私は、雲の上で転げ回りたいって答えた。いくら暴れても痛くなさそうだから」
「案外子供っぽいとこあるよな」
アイクは少し笑ったようだと息遣いで感じた。私は特に面白いとは思わなかった。
「本当に子供だったからな、その時は。戦士になったばかりの頃……多分お前達の感覚でいくと、三年前のヨファ位だったと思う」
ひゅ、と鋭い音を立てて、アイクの肺に空気が吸い込まれた。こいつは顔を見るより音だけの方が感情が分かりやすいな、と思った。
「そんなに昔からあんたは戦って来たのか」
「当時は戦いと言っても、それ程激しくはなかったがな」
アイクの右手が何かを探すように周囲の草をかき回した。何を探しているのだろう、と私が左手を動かしたら、掴まれた。どうやら探していたのは私の手だったらしい。
「今は?」
アイクは短く問うた。私もアイクの手を握りたかったのに、甲の方から包み込まれているせいで、指先をひらひらさせることしか出来なかった。
「今は、空を見てあれこれ夢見たりはしない」
「大人になったからか?」
「大地に私を満たしてくれる蒼があるから」
アイクは一瞬息を止めた。私の言葉を咀嚼して、何とか意味を取ろうとしているようだった。きっと一生正解には辿り着けまい、お前はいつだってその察しのよさを自身には向けられないのだから。
私は身を起こして、アイクの顔を覗き込んだ。真っ蒼な髪に右手を入れる。少しだけ癖のある髪を絡ませながら梳いていく。
「何だ?」
アイクが怪訝そうな顔で尋ねてくる。私は笑って彼の鼻を摘まんだ。
「どういう意味か、知りたいか?」
「しりたい」
鼻から息が抜けない為、くぐもった声になっている。そのくせ大真面目な顔なのがおかしかった。私は、黙って顔を近づけた。間近で見る見開かれた瞳は、深い深い蒼色をしていた。私の呟いた正解は、吐息と共に彼の口唇の奥へ溶けた。
「おまえがすきだよ」