「ペレアス王」
ライが呼びかけると、彼は夜に紛れるような藍色の髪を揺らし、振り返った。
明かりの当たるか当たらないかという境界に立っている。闇に紛れる覚悟もない。光に照らされる勇気もない。曖昧な立ち位置。
彼は王と呼ばれることを好まない。少なくともライの知っている限りでは、そうだ。甦ったデインを再びあの状態まで衰退させた。その責が彼に『王』という呼び名を厭わせる。だが、やめろとも言わない。『王』であった自分にこそ罪があるのだと、そう自覚するが故に。ただ受け入れる。
ライは知らぬふりをして、王、と口にする。
この若者を甘やかしてやる義理もない。しかし彼が自身に対してする以上に、責め苛もうという気もない。
ただ知らぬふりをして、王、と口にする。
「冷えますよ」
配慮ではない。無論、非難でもない。感情を差し挟まない事実だ。
彼はライと目を合わせない。群青の瞳は二色の双眸の側を彷徨い、届かずに地面に落ちる。ライはその様子をつぶさに見ている。
「ありがとう」
彼の血色の悪い口唇がかすかに動き、すぐに引き結ばれた。
拒絶ではない。無論、歓迎でもない。しかし、事実でもない。それは感情を表現する為の言葉だった。
ライは瞼を下ろした。冬らしい冬を持たぬガリアで育った身には厳しい風が、肌を締め付ける。
「幼少の頃に刷り込まれた記憶は簡単には消えません。あなたがオレたちと関わりたくないとお思いなのは、承知しています」
例えば肉体の記憶ではないとしても。まっさらな心に浴びせられたものは、芯にまで染み込んで容易に抜けてはくれない。思い出したように鼻を衝く臭いに、何度えずいたことだろう。
今も。そして、彼も。
「でも、あなたがそれを隠そうとして下さっていることも、伝わっているんですよ。記憶も罪も消し去れない。消し去ることは赦されない。けれどそれを嘆いて見せることでなく、自らの身に抱え込んで引き受けていこうとなさっている。まだその途上でもがいておられることも、知っています」
オレもまだあなたを認めるとは言えないけれど。
あなたがそうして歩いている姿を、知らないなどと思えるものか。
「ライ殿」
彼は顔を上げてそう呼んだ。続きはない。口唇を開きかけては閉じ、閉じかけては開き、眉根は寄ったまま動かない。瞳だけ、真っ直ぐにライの目を見ている。
ライは口角を微かに緩めた。彼は一瞬間の抜けた顔になり、それから表情を改め、そしてぎこちなく口唇の端を持ち上げた。
松明の炎が爆ぜる。