綺羅星の姫君

「ねぇオボロ。お式の衣装はこの間、サイズ測ってもらって布も選んだよね? 今度は何を選ぶの?」
 シラサギ城の廊下で、オボロに先導されながら、暗夜王女エリーゼは問いかける。
 ハイドラ竜との闘いが終わり、真の平和へ歩き出した白夜王国と暗夜王国。その架け橋として、もうすぐエリーゼは白夜国王リョウマに嫁ぐ。輿入れに際し、さまざまな準備のために、エリーゼはきょうだいたちより先に白夜に来ていた。
「あれは神様の前で誓いをするときの衣装です。国民にエリーゼ様を王妃としてお披露目するときには、もっと色鮮やかな打掛をお召しになっていただきますからね」
 オボロがにこにこと答える。初めの頃に見せていた、暗夜に対する根深い憎悪――それが全く拭い去れた訳ではないのだろうが、最近はオボロも、個人レベルでなら暗夜の者を認めてくれるようになっていた。
「じゃあ今度はカラフルなのが選べるんだ? この前の、白無垢? も綺麗だったけど、遠目からじゃどれも同じみたいに見えたもの」
 エリーゼ自身、白夜の者に対する敵対心がなかったおかげで、今ではオボロともすっかり打ち解けた。今回の衣装のことも彼女に一任してあるが、嫌な顔一つせず手伝ってくれている。
 オボロはある一室の前で足を止め、障子に手をかける。
「きっと目移りされますよ。どれも華やかで、白夜でも一番上質なものですからね! お心構えはいいですか? 眩しくって倒れちゃいますよ?」
「もったいぶらないで、早く見せてよ~!」
 エリーゼが頬を膨らますと、はいはいと笑いながらオボロは戸を開けた。と、意外そうな声を出す。
「あら、セツナ」
「……おじゃましてます」
 エリーゼも部屋の中を覗き込むと、畳の上にセツナが正座していた。いつもトラブルばかり引き起こしている問題児だが、こうしていると真っ当な貴族令嬢だ。
 エリーゼと目が合うと、荷物の中から何かを取り出した。木製の小さな箱である。
「これ、ヒノカ様から……」
「もらっていいの?」
「はい、ご自分も結婚式の準備があるからって、私が代わりに届けにきました……」
「わぁ、ありがとう!」
 エリーゼは色とりどりの反物を踏まないように駆け寄って、セツナの手から箱を受け取った。
 いい香りのする蓋を開けると、中には赤地に白と金で花の描かれた櫛が入っている。
「すっごく綺麗……」
「柘植の蒔絵櫛ね。随分いい細工」
 オボロが寄ってきて呟いた。これがどういうものなのかエリーゼにはよく分からないが、どうやらヒノカが贈ってくれたのは素晴らしい品らしい。
 もうすぐ白夜王女ではなくなるヒノカが、もうすぐ白夜の女になるエリーゼに、白夜のものを選んでくれた。エリーゼはひとしきり櫛を眺めて、そっと蓋を閉じる。
「ありがとう、とっても嬉しい。あとでヒノカさんにお礼を言いにいってもいい?」
「はい……でも、もう少しここにいても、いいですか?」
 セツナは戸惑いがちにそう問うた。エリーゼは満面の笑みで答える。
「もちろんいいよ! セツナがいいなら、一緒に意見も聞かせてほしいな」
「エリーゼ様がよろしいなら、私も別にいいけど。でも、ヒノカ様のところに戻らなくて大丈夫なの?」
 オボロが眉をひそめた。また説教を受けるんじゃないの、と言外に言っているのだろう。
 セツナは普段感情の乏しい目に悲しみを宿して、自分の足を指差す。
「しびれちゃった……」
「あんたそれでも白夜人!?」
 結果的に、ヒノカの前にオボロが怒鳴った。
 大体いつも罠に引っかかってタクミ様方に助けていただくまで何時間も同じ姿勢で云々とまくしたて始めたので、エリーゼは慌てて近くの生地を手に取った。
「わ、わぁ、これ素敵な柄ね! でもこっちも捨てがたいかな、二人はどっちが似合うと思う?」
「あっそれですか? そうですねぇ、当日の髪型にもよると思いますけど、エリーゼ様の髪色ならこちらの方が映えるかも……」
「私こっちが好き……ヒノカ様の色……」
 わいわいと、色打掛の話で盛り上がる。
 一段落した頃に、お茶にしませんかとサクラが声をかけてきた。
 後片付けはしておくとオボロたちが言うので、エリーゼはお言葉に甘えてサクラについていった。
 シラサギ城の中庭は、クラーケンシュタイン城にあったような、完全管理された人工の箱庭ではなく、人はただ手を貸しただけ、というような自然な風景であった。縁側に腰かけて、緑茶をすする。
「これ、素敵な色のをいただいたので、一緒に食べたくって持ってきたんです。見てくれますか?」
「うん、喜んで!」
 サクラが両手で差し出した包みを開けると、とげとげした小さな粒がたくさん入っていた。
 色とりどりの星屑。エリーゼは一粒持ち上げて、光にかざす。
「かわいいね! これはなぁに?」
「金平糖、っていうんですよ」
「コンペートー?」
「はい、職人さんが、お砂糖を一生懸命転がして作ったお菓子なんです」
「へぇ、これお砂糖なんだ。きらきらして、まぶしいね」
 いただきます、と口に放り込む。思ったより尖ってはいなかった。心地よい刺激を与えながら、舌の上で丸くなっていく。
「おいしい! ねぇこれ、透明果汁とか、紅茶と一緒にグラスに入れても綺麗だと思わない?」
 エリーゼは二粒目に手を伸ばしながら提案した。いいですね、とサクラも遠慮がちに薄紅色の粒をつまむ。
「だんだん溶けて、飲み物の味が変わってくるのも面白いと思います。逆に、色々な飲み物を金平糖にしてみるのもいいかも……」
「コーヒーとかミルクで作っても楽しそうだね!」
 サクラと二人で、苔むした岩としなやかに伸びた竹を見ながら、金平糖がなくなるまでおしゃべりに興じた。
 ああ美味しかった、とサクラはまるでお腹一杯ごちそうを食べたみたいにため息をつく。エリーゼが笑うと、確かに微笑み返してきた。それは初めのうちの、自分を守る愛想笑いではなかった。
「……エリーゼさん。私、エリーゼさんでよかったです」
「どういうこと?」
 問いかける。サクラは白夜の青く突き抜けるような空に目をやり、ぽつりぽつりと呟く。
「私、兄様方がいつかご結婚なさること、ずっとこわかったんです。奥様が出来たら私はもう甘えちゃいけないんじゃないか、義姉様になる方が私のことをお嫌いだったらどうしよう……そんなことばかり考えて、どうかお相手が現れなければいいのになって、ひどいこと思っていました」
「……そっか」
 エリーゼは下を向いて、傍で鳴いている蛙を見た。
 サクラの想いが不当だとは思わなかった。自分も末姫として、未来の義姉に嫉妬することが、なかった訳ではないから。
 俯いたエリーゼの横でも、サクラはすっと背筋を伸ばしたままだった。
「けど、エリーゼさんは私が『難しい』って決め付けてたこと、『できるよ』って手を引いて教えてくれたから。そういう方が、義姉様になってくださること――いいえ、違いますね。リョウマ兄様を選んでくださったことが、私は……嬉しいです」
「……サクラ」
 その横顔は、少女のものでありながら子供のものではなく。全てを受け入れた、王女であり女性のものだった。
「ありがと。あたしも、サクラみたいな子が義理でも妹になってくれるの、すごく幸せだよ」
 手を握ると、サクラは一瞬目を見開いた後、ありがとうございますとはにかんで握り返してくれた。
 言葉なく笑い合って、同時に立ち上がる。
「では、私は少しユキムラさんとお話があるので。リョウマ兄様も、間もなく戻られると思いますよ」
「うん、ありがとう、サクラ」
 手を振ってサクラと別れると、エリーゼはシラサギ城の探検を始めた。
 特に錠のかかっている部屋でなければ、自由に行き来していいことになっている。
 とはいえ白夜の建築様式は、そもそも鍵をかける風になっていないことがほとんどなので、蔵や個人の部屋でなければ、次期王妃エリーゼはどこにでも立ち入ることが出来た。土間で炊飯の様子を見たり、練兵場で皆の稽古に感嘆したり、オロチと遭遇して占いをしてもらったりと、退屈しない。
 これで、もうちょっとリョウマさんに会えたら言うことないのにな、とエリーゼは人差し指を口唇に当てる。白夜に来てから、まだあまり話せていない。もしかしたら、結婚前の男女は極力接触しないようにする習慣でもあるのだろうか?
 今度サクラにでも聞いてみようと思いながら、エリーゼが立ち寄ったのは、弓道場だった。
 タクミが肌脱ぎをして立っている。
 鍛錬中なら邪魔をするのは悪い。エリーゼがそっと去ろうとしたとき、タクミが口を開いた。気付かれたのかと思ってびくりとしたが、どうやらエリーゼに声をかけたのではないらしい。死角に誰かいるのだ。
「だから、働きすぎだよ。もうどれだけ休んでないのさ? そのままじゃじきに倒れるよ――リョウマ兄さん!」
 呼ばれた名に、今度は別の意味で心臓が跳ね上がった。
 リョウマが。未来の夫がそこにいて。タクミはその無理を、諌めている。
「今こうしてお前と話せているだけでも、俺には充分な休息だ。タクミ」
 リョウマの声は確かにしっかりしていたが、些か張りがないようにも聞こえた。
「式までもう日がない。出来ることを出来るうちに、出来るだけやっておかなければ」
「……そのことだけどさ」
 タクミは長い髪をがしがしとかいた。恐らく視線の先にリョウマがいるのだろう、眼光は鋭い。
「リョウマ兄さんの即位式と同時に行うんだから、慎重になるのも根を詰めるのも解る。でもそれって、兄さんだけの問題じゃないよね。少なくとも祝言は一人で挙げられるものじゃないだろ」
「タクミ。いいんだ」
「よくない、最後まで言わせろよ。いくら白夜の結婚が男の家主導で行われるものだからって、花嫁になる人間には何の責任もない訳じゃないよね。なのにエリーゼ王女は、リョウマ兄さんの苦労も知らずに、毎日へらへら遊んでさ……旅行か何かに来たみたいだ」
「タクミ!!」
 リョウマの激しい声が、道場に響き渡る。続く言葉に爆発するような熱はなかったが、代わりにひどく冷たく重い。
「――これ以上は、いくらお前でも殴らずにいる自信はないぞ」
「ごめん……」
 タクミの謝罪に嘘は感じられない。ただ納得もしていないことは、エリーゼにも解った。
「表現に問題はあったかもしれない。でも、考えそのものを覆す気はないから。……僕は」
 タクミは息を吸い、区切りながらはっきりと、こう宣言する。
「少なくとも僕は、あの人を、『義姉さん』とは呼びたくない」
 弓道場の出入り口は一つしかない。歩み寄ってくるタクミに気付いて、隠れなきゃと思うのに、エリーゼはひきつる息を漏らさないようにするのに精一杯だ。
 両手で口を押さえているエリーゼの横を、タクミがすり抜ける。目が合った。それが憎悪であったなら、まだ少し気が楽だったかもしれないのに。震えるエリーゼを見下ろすタクミの視線は、ただ憐れみだけに満ちていた。
 せめてリョウマに見つかる前に去らなければ。エリーゼは息を止めたまま、仮に与えられた部屋に駆け戻った。
 まずシーツを縛って袋の形にした。そこに、幼い頃から一緒に過ごしたぬいぐるみを放り込んだ。ひらひらのドレスも突っ込んだ。きらきらの首飾りもピンクのリボンも精巧なオルゴールもサクラと一緒に弾いたバイオリンだって、暗夜から持ち込んだものは全部ひとまとめにした。
 不恰好で雑な入れ物のせいで何度も中身をこぼして、重さに何度も転んでまたぶち撒けて、かき集めて必死に焼却場まで引きずっていった。
 炉には流石に錠が下ろされていた。だがいい。これだけ汚れたら、きっと係の者も疑問に思わず、この包みをゴミとして燃やすだろう。
 それでいい。転んだときにすりむいた足を引きずりながら、エリーゼは部屋に向かっていった。

 

 ――いつの間にか、布団で眠ってしまったらしい。暗がりの中、誰かの立てる物音に目を覚ました。
「これがここで……こっちだったか? サイゾウとカゲロウにも聞いてみるか……」
 不審者の声には聞き覚えがあった。
「……リョウマさん?」
 呼ぶと、長身の影が振り向く気配がした。蝋燭に火が灯されて、リョウマの姿が見えてくる。
 右手には、エリーゼが捨てたはずの人形。他のものも、半分以上棚などに戻されていた。
「なんで……それ、捨てたのに」
「ゴミでないものがゴミ捨て場にある、と苦情を受けたのでな。こうしてあるべき場所に戻している。並びはこれであっているか?」
「それは、ゴミなの!!」
 叫ぶと、刺されたように胸が痛んだ。血の出るように涙が溢れた。
「あたしには、もう要らないの。必要ないの、そんなもの全部全部!」
「何故そう思う」
 布団の上に座ったままのエリーゼ。リョウマは膝をついて視線を合わせると、目の前でぬいぐるみを揺らす。
「こいつには、エリーゼが必要なように見えるぞ」
 白夜に来てから、リョウマはエリーゼの名を呼ぶときに『王女』をつけなくなった。だからこそ、エリーゼはそのぬいぐるみを拒まなければならない。
「あたしがいつまでも『暗夜の王女』気分でいるから、リョウマさんは一人で抱え込んでつらい思いをしてるんでしょ? いやだよそんなの、あたし、足手まといでいたくない」
「やはり聞いていたのは、お前だったか」
 リョウマは呆れたように言ったが、怒ってはいないようだった。寝乱れたエリーゼの巻髪を、左手で直してくる。
「タクミの言うことなら気にしなくていい。今のお前は、他国の空気を吸うことだけで手一杯だろう。まず白夜王国を、骨をうずめるに値する国だと、芯から理解してもらうことが先だ。王妃らしいことをするのは、それからでも遅くない」
「でもあたし、リョウマさんと……王様と、結婚するんだもん。ちゃんと大人になって、暗夜を捨てて、白夜に染まらなきゃいけないの……神様の前で誓うあの白い衣装は、そういう意味だって、オボロも言ってたから」
 リョウマは黙ってぬいぐるみを置き、エリーゼを抱き上げた。竹格子の丸窓まで連れて行く。
「あの星空を、どう思う?」
 唐突な問いだった。だが場違いだとリョウマを突っぱねることも、エリーゼにはできなかった。
「きれいだと、思う」
「そうか。だがあの星々は、『白夜』では見えなかったはずのものだ」
 意味が分からない。白夜王国にもこうして夜が訪れて、ちゃんと星は瞬いているのに。
 リョウマはエリーゼを抱く腕に力を込め、じっと空を見上げた。
「『白夜』という言葉は本来、一日中陽の沈まぬ空のことだ。明るいが、星の輝きを見つけることも出来ないし、休むことを知らぬということでもある」
 エリーゼはリョウマの横顔を見上げた。だとしたら、リョウマはあまりにも『白夜国王』で在りすぎるということだろうか。
 リョウマは視線をエリーゼの顔に転じた。ひとつひとつ、丁寧に言葉を紡いでいく。
「エリーゼ、お前は暗き夜の国から、闇を運んできてくれた。我等に、健やかな眠りと、安らかな憩いを教えてくれた。終わらない明るさに疲れ果てた者たちに、心を休める機会をくれた。俺はそれを、喜ばしいことだと思う」
「……でも。そう思ってくれるのは、リョウマさんだけかもしれないのに」
 エリーゼはリョウマにしがみついた。不安だったのもある。寒かったのもある。でも何より、顔を見られたくなかった。見たくなかった。さっきのタクミのような、憐れみに満ちた視線を投げかけられるのが怖かった。
 リョウマは幼子をあやすように、エリーゼの肩を優しく叩く。
「まだ不慣れな暗闇に、戸惑う者も多かろう。だからこそエリーゼには、輝いていてほしい。皆を導く星明かりとなってほしい。出自を気にして顔を曇らせるより、この暗さに親しんできた者として、笑顔で皆を安心させ、照らしてほしいのだ」
 丸窓の縁に、エリーゼの身体が下ろされた。肩をすぼめて座るエリーゼの足元に、リョウマはかしずくように膝をつく。
「それでも俺は、エリーゼに暗夜を棄てさせねばならないだろうか。暗天に瞬いてきた星に、永遠の昼を生きさせねばならないだろうか。闇が空を覆っても、朝の来るたび白き天を取り戻す、雄々しい王にはなれないのだろうか」
 仕種は臣下のようでいて、その実、有無を言わさぬほど力強い。
 思えばエリーゼは、リョウマのこの、相手を意のままにするのではなく、あるがまま認めようとする姿勢に、惹かれたのではなかったか。
「どう思う。暗夜王国末姫の、『エリーゼ王女』?」
 珍しく、からかうような声を出す。この癖も、相手を安心させるための気遣いだと、もうエリーゼは知ってしまっているから。苦笑して、頷くしかない。
「……いじわるだね、リョウマさんは」
 窓枠から飛び降りて、格子越しの空を示す。
 背に負うのは満天の星々。眠りに入り始めた、白夜の空。
「絶対になれるよ。だって今も星が瞬いてるのは、あなたたちのおかげなんだから。あなたは、あたしのきょうだいたちと一緒にこの世界を救ったんだもの」
 今更そんなことでつまづいたりしない。つまづかせたりしない。
 そのためにエリーゼは、彼を愛したのだから。
「決めた。あたし、ちゃんと暗夜を背負ったまま大人になる。あなたの輝きを誰より際立たせる黒い空にも、太陽が休んでいる間もみんなが不安にならないようなお星さまにも、絶対なるから」
 エリーゼは、膝をついたままのリョウマの前で腰を下ろした。
 敵を見据えるときには獅子のように猛々しく、身内を見つめるときには母猫のように優しい瞳を見上げて、言う。
「誓います。だから、リョウマさん。あたしを、あなたのお嫁さんにしてください」
「もとよりそのつもりだ」
 即答し、リョウマはエリーゼを抱きしめた。壊れものとしてでなく、一人の女性として適切な強さで。
「俺も、その笑顔を二度と曇らせることのないよう、真の意味で強い王と、夫となろう」
「ありがとう。リョウマさん」
 エリーゼもやっと、見守られる姫でなく、王の妻として両腕を回すことができた。
 もう恐怖も不安もない。認めてもらえないのなら、認めてもらえるまで、懸命に頑張ってみよう。

 

 その後、即位式と結婚式の準備は、急ピッチで進められた。
 二人はよく共に在り、それぞれに決めねばならぬことにも、相手の意見を積極的に取り入れるようにした。
 今日は小物を決める最後の打ち合わせだ。オボロに呼ばれた部屋に向かうと、障子の前に誰かが立っていた。
「……タクミさん」
 エリーゼが呟くと、タクミは小さく片手を上げた。あれ以来、きちんと顔を合わせるのは初めてだ。
「オボロには少し外してもらってる。……ちょっと用があるんだ」
 そう言って、タクミは歩み寄ってきた。何かを取り出し、エリーゼの手に載せる。
 小さな巾着袋だった。紅白の布地に、金と薄紅で刺繍が施されている。
「あんたにやりたいって、ヒノカ姉さんが布を選んで切って、そのガタガタなのをサクラが綺麗に縫った。……僕が組紐をいつまでも作らなかったせいで、渡すのが遅れてしまったけど。何とか式までに間に合ってよかった」
 タクミは少し困ったような顔で言う。それが感情を読まれたくないときの彼の癖だと気付いたのは、いつからだったろう。
 口に通された浅葱色の紐を見て、エリーゼは涙をこらえながら精一杯に笑う。
「ありがとう、タクミさん! あたし、すごく嬉しい」
「タクミ、でいいよ」
 言い置いて、タクミは立ち去ろうとした。オボロを呼びに行くのだろう。
 だがその前に一度だけ、肩越しにエリーゼを見て微笑んだ。
「これから、よろしく。……エリーゼ義姉さん」
 多くを言われた訳ではなかったが、エリーゼにとってはそれで充分だった。それだけで、心から笑い返せた。
「こちらこそよろしくね、タクミ!」
 いい式にしようと、改めて思った。リョウマ王とエリーゼ王妃の門出として、白夜の歴史に残るような式典に。
 サクラにまた分けてもらった金平糖を、一粒口に放り込む。
 甘いお星様は、とげがとれて丸くなった。
 いつか全てのとげがなくなり、甘い幸せだけが残ったら。
 黒い夜からやってきた星も、うっとりと眠りにつけるだろう。
 さしあたっては今日も準備を完璧にこなさなくては。
 エリーゼは両頬を自分の手で軽く打ち、気合を入れた。
 オボロが早足に向かってくる気配がする。明るい笑顔で振り返る。
「おはよう、オボロ! 今日も一日、楽しく頑張ろうね!」
 蒼天に太陽。闇に星。美しい光は常に、白夜王国を彩っている。