些細な理由と君は笑う

「そういえば、あなたはどうして髪が短いの?」
 レオンが問いかけると、王女サクラはきょとんと目を開いて小首を傾げた。
 唐突だったのは認める。何せ軍議終わりで弛緩した空気の中、彼女だけを呼び止めていきなり訊いたのだから。レオンは付け加える必要性を感じ、続ける。
「白夜は男性の方が髪が長いような気がするんだ、僕の印象であって確かめた訳じゃないけど。そういうのって文化の差かなって」
「ああ、侍は髪を結うことが多いので……オロチさんたちは女性だし武人でもありませんけど、長いですよ」
「ヒノカ王女は女性でとても勇ましい武人だけど、短いだろう。その違いは?」
 それは、と彼女が言いよどんだのは、きっとレオンが思わず詰問調になってしまったせいではない。
 視線を泳がせ、サクラは言葉を探している。しかし肚が決まったのか、やがてすっと落ち着きを取り戻した。
「……姉様は、短い方が扱いが楽だとおっしゃってて。私はそれを聞いて真似しました。それだけです」
 レオンは軽く口唇を噛み、少し身を引く。
 サクラは普段隙だらけに見えるのに、時折不可侵の聖域のような空気を身に纏うのだった。癒すようなやわらかさはなく、刺すように拒む光。暗き夜の身であるレオンにはひどく直視しがたい。
 それは彼女自身ではなく、その身内――もっと言えばきょうだいのことを守るためにだけ発揮されるのだということを、知り合って間もないレオンでさえ気付いていた。
「ヒノカ王女のことは、口が滑っただけだ。詮索する気はない。ただ僕は……あなたたち白夜の女性は、『一般論として』長い髪を編んだりして着飾らないのかって、『文化面から』気になっているだけだよ」
 バカみたいに見え透いた言い訳だった。サクラは気付いているのか分からないが、あの障壁のような雰囲気を解いた。
 片腕を自分で抱きながら、目を伏せる。その姿はレオンの最初に感じたとおりの内気な少女だった。
「確かに、御伽噺なんかに出てくる女性はみんな髪が長くて、真っ直ぐで……でも私はちょっとくせっ毛だし、伸ばしたらきっと大変なことになるし」
「そんなに綺麗な色なのに?」
 本音をこぼしてしまってから、サクラが真っ赤になったのに気付いて、違う口説いてるんじゃないとレオンも赤面して首を振る。
 そうですよね、御世辞ですよねとやはりレオンに不利な解釈をして、サクラは曖昧に笑った。
「御伽噺のお姫様たちは、美しさで、強かったり権力のある男性の目に留まって、守られて幸せになる方ばかりで……私多分、同じになりたくないんです。他の誰がそう在るかじゃなく。私自身が、そう生きることを自分に許せない。もし私に髪を伸ばさない理由があるとしたら、そんな些細な反抗だけです。別の女性がどう考えているのかまでは分かりません。お役に立てなくてすみません」
「……いや」
 レオンは眉をひそめて短く言った。
 サクラの自己評価の低さは見ていて苛立つほどだ。そんな誇り高い理由を、『些細』と言い切ることこそが傲慢だと。この慎み深い女性は、きっと一生気付かない。
「とても参考になった。ありがとう」
 サクラは美しいと思う。そしてレオンは強くて権力もあると自負している。
 だからこそ、受け入れてもらうのは手こずりそうだなと頭が痛んだ。