外伝 硝子の時計の砂の色

【蒼色】

「傭兵団はいつまでいるんだろうな」
 ライが言い出したのは、スクリミル王の即位式典の直後であった。
 傭兵団とはもちろん、祝いに駆けつけてくれた隣国の友、グレイル傭兵団のことだろう。まだ礼装のまま、レテは廊下でライの雑談に応じる。
「さぁな。少なくとも、しばらくはいるだろう」
「レテの隣にはいつまで?」
 この二言目で、しくじった、とレテは苦い顔をした。
 ライは何気なさを装っているが、内容は『雑談』などではない。
「なぁレテ。この人生を砂時計に例えるなら、オレたちとアイクに残された砂の量は、もう随分違っちまってる。オレは、あいつにもオマエにも、悔いだけは残らない選択をしてほしいと思ってるんだ」
「ああ、まぁそのうちな」
 レテは言い残し、そそくさとその場を辞した。
 逃げるのは性に合わなかったが、今答えを急かれるのは些か具合が悪い。どこか落ち着ける場所で息を整えてから、改めて――。
「ねぇレテ」
 という訳にもいかないのを、妹の声で察し、レテは中庭の隅で天を仰いだのだった。
「いつまでアイツの傍にいるつもり?」
 リィレは前口上もなしに近づいてくる。
 退役した妹もまた、今度の式典に招かれていた。警備の都合と本人の趣味でパンツルックのレテとは違い、ガリア伝統の華やかなスカートに身を包み、長い髪も今日は下ろして、うっすらと化粧もしている。
 まるでどこぞの姫君みたいに可愛らしいというのに、口調は剣呑だ。
「勘違いしないでよね、別に二人の仲を引き裂こうっていうんじゃないのよ。こっちはお姉ちゃんがアイツのこと、どれだけだぁい好きか、イヤってほど知ってるんだから」
「いや、その……別にそういうのでは、ないぞ」
「じゃあどういうのよ?」
 眉を吊り上げて詰め寄られ、レテはいよいよ何と返していいのか分からない。
 そんなに惚気たことがあっただろうか? ベオク差別をなかなかやめなかった妹たちに対し、アイクを引き合いに出したことは確かに多かったかもしれないが。
 答えられないレテを見かねた風に、リィレは身を引いて両手を腰に当てた。
「だけど、あたしとライ君みたいに、ずっと一緒に同じ道を行ける訳じゃないでしょ? それくらい、レテの方がよく解ってるはずなのに」
 リィレは先日、願い叶ってライと恋仲になった。部下でもなくなったのでもう彼を『隊長』とも呼ばず、敬語も使わない。きっと、ベオクからはとても長い時間かけて成された関係に見えるだろう。
 獣牙族であるレテから見ても、もどかしいほど悠長に通じ合った想いだった。
「レテ! あたしたちは、他のラグズほど長くは生きられないよ? いくらベオクが儚くたって、最期まで付き合ってたら、レテは花の盛りを全部捧げることになるんだから……」
 初めは激しかったリィレの語気が、終わりには萎んでしまっている。レテにとて、妹とライの言いたいことは、痛いほど伝わっていた。
 今更むきになって否定する気もない。レテはアイクを慕っているし、アイクも同じような気持ちでいてくれているはずだ。だが、アイクは必ずレテより先に死ぬ。何らかの不幸な番狂わせでもない限り。期限を決めねば、ある日突然遺されたレテが途方に暮れると、リィレたちは思っているのだろう。
 レテは嘆息して、ようやくきちんと言葉を紡いだ。
「リィレ。お前だから内密に話すが――実は、アイクは近いうちテリウスを発つらしい」
 え、とリィレは固まった。見ている方が気の毒に思えて、目を逸らす。
「共に来ないかと誘われた。それも含め、互いにしっかり話し合わねばと思う」
 そのまま背を向けた。このうえ、妹がどんな顔をしているかなど知りたくもない。
「お前にまで心配をかけてすまない。だがこれは、私たちの問題だから」
「ちょっと待ってよ、レテ! お姉ちゃん!!」
 卑怯だと解っていた。だがあの服では追いつけないのを承知で、レテは大股で歩き出した。
 日暮れを待つまでの鈍色の空。彼を思い出すよすがとしては、あまりに心許ない青だった。

 

【空色】

 リィレはレテを見失ったまま、王宮をうろつき回っていた。駆け寄ってきたのはレテではなく、恋人であるライ。
「どうした、リィレ? 顔が青いぞ」
 ライはリィレの剥き出しの二の腕に触れた。その温度に少し安堵して、リィレは普段より豪奢に着飾ったライの胸元に縋りつく。
「どうしようライ君、レテが……」
「そっか。お前も、聞いたのか」
 ライもアイクの件は耳にしたらしかった。親友だというから本人の口から聞いたのかもしれない。
 リィレは髪が乱れるのも厭わず、ライの胸に額を押し付ける。
「レテを手放すのはイヤ。だってケンカもして、離れて、それで改めて思い知ったの。あたしたちどこまでも双子だって」
 レテが生きているのかもう死んでいるのか、考えるだけで心臓が凍りそうだった。戦争なんて早く終わってほしいと強く願った。
 それが叶った今になって、どうしてまた姉を取り上げられなければならないのだろう?
「そうだな。オレにはリィレがいるけど……オレは、お前のレテにはなれない」
 ライはリィレの髪をそっと撫でてくれた。いつもより幾分頼りない手つきだった。
「オレは、行けばいいと思ってるんだ。レテがそう望むなら」
「あたしはライ君ほど、聞き分けがよくないの」
 リィレは顔を上げて恋人を睨みつけた。ライは歯切れ悪く、色違いの双眸を曇らせる。
「オレだってそうさ。別に、聞き分けがいい訳じゃない。ずるいだけだ。……レテは、アイクの砂時計が空になれば帰ってくるって信じてる」
「でも!」
 リィレは両の拳でライの胸を叩く。そういうことではない。そういうことではないのに。
 ライは、解ってる、とかすれた声で答えた。
「そうだよ。ごめんな。オレはレテのことで悩んでるんじゃ、ないんだ。レテはオレの部下で、信頼する同胞で、その選択がどうであれ笑って背を押せる自信がある。だけどさ」
 呟くライの両腕はだらりと下がっている。視線もリィレの顔より下にあった。声も平素とは比べ物にならぬほど、か細かった。
「――二人を見送るとき笑えても、戻ってきたときレテが独りだったら。壊れた時計の、砂の色さえも二度と見られないのかって……それだけが、怖くて」
 リィレは目を合わせようとしないライを、じっと見上げていた。戦場でさえ飄々と揺れた尻尾は、親友の決断の前に頼りなく。
「オレは兵士だから、幾度も命を見送ってきたのに。時の早さが違うだけで、こんなに無様で、情けない、よなぁ」
 今日は帽子もなくきちんと整えた前髪を、ライは小さく笑いながらぐしゃりと掴んだ。台無しになった髪を握る拳は、傍目から分かるほど震えていた。
「バカだよな。そんなこと、初めて会う前から、ずっと知っていたのに……」
「ライ君」
 リィレはライの身体に腕を回した。首元に頬を寄せる。
 亜熱帯のガリアにおいて、信じられないほど冷えた肌。この細い背に。華奢な体躯だけに、喪失を負わせてはいけないと、リィレは目を閉じた。
「そしたらやっぱり、レテを行かせよ? レテに、アイツの最期の一粒のきらめきまで、しっかり見ててもらおう」
 ライの鼓動が跳ねた。それだけで分かる。
 あたしがこれから言うことは、間違ってない。
「それで聞かせてもらおうよ。アイツがちゃんと、アイツのまま生きていったかどうかを。あなたの信じた大切な親友のままでいてくれたかどうかを。それなら、もう時計は返せなくても、砂の色ぐらいは分かるでしょ?」
「リィレ……」
 こんな泣きそうな声をしていたって、あなたきっと涙は流せないでしょう。
 だからいいの。あなたはあなたのまま、無理をせず彼を悼めばいい。
 リィレは強くライを抱きしめた。
「あたしとレテの砂はきっと、割れるときまで同じ色をしてる。どんなに離れてもずっと。だから、大丈夫。レテはきっとアイツの色をたくさん貯め込んでるはずだから、つらくなったらあたしの時計を見つめて、二人のことを思い出して」
「オレの色は?」
 まるで初めて触れるようにおずおずと、ライの手がリィレの頬に触れる。
「リィレの中に、オレの色はある?」
「ないよ。必要ないもの」
 即答し、リィレは目を開けた。片方は自分と同じ、もう一方は彼自身の色の瞳を見上げる。
「あたしとあなたは同じ速度で砂を落としてるの。だから目の前にいてくれる限り、その色を忘れることはないよ」
 リィレは一度ライから離れた。たった一歩の距離。そこで両手を広げ、満面の笑みを浮かべる。
「ねぇ。解ってくれたら、ぎゅってして?」
 ライは微笑して、もちろんだ、とリィレを包んだ。
 リィレを安心させる、やわらかくあたたかな匂いがした。

 

【橙色】

「答えは決めてくれたか?」
 結局アイクがレテに話しかけたのは、夜の祝宴をどうにか抜け出したときだった。
 中庭の真ん中に佇むレテは黙っている。それが答えだった。だからアイクも何も言えない。
 いつの頃からか、生きることに齟齬のようなものを感じるようになっていた。普通に生活していても、意識がよそへ引かれるような。違和感は日増しに強くなっていった。
 各国の和平。民族の和睦。身内の独立。その度に、アイクは『そこ』にいる意味を見失っていった。
 最早『世界』は、自分を必要としていない。
 アイクはそう結論付け、このガリア訪問をグレイル傭兵団二代目団長としての最後の仕事に決めた。
 外部に伏せてもらってはいるが、団員も皆承知のことである。
 責められもした。詰られもした。泣かれもした。
 それでもアイクは、新天地への欲求――願望ではなく、渇望に似た差し迫った――を止められなかった。
 そんな中たったひとつ残った未練が、彼女だった。
 アイクはかねてより、太陽に焦がれるようにレテに焦がれていた。理屈を越えた感情で彼女に手を伸ばした。彼女を失うことは、光を失うことと同義だ。
 中庭に出ると、足元の湿った草がさくさくと音を立てた。懐かしい青い匂いがする。
「俺は、あんたをひどく手放しがたく感じる。もちろんそれは、俺の勝手な気持ちだが」
「ならば、私から手放せばお前は楽なのか?」
 レテはからかうように振り向いた。アイクは笑い返す気力を持たなかった。
「楽、ではないな。ただあんたがそう願うなら、その方がきっといい」
 彼女を困らせると知って来てほしいと言ったのは、アイクの我が侭だ。彼女もきっと解っている。
 月の下でレテはきっぱりと答えた。
「私はガリアの戦士であることをやめられない」
「知っている。あんたは俺の知る中でも、一番誇り高いガリアの戦士だ」
 なのに、あんたにこんな提案をしたのは。
 アイクは口の端を不器用に引きつらせた。
「手放しでついてきてくれるなんて、自惚れていた訳じゃない。ただ、俺がもうここからいなくなることを、俺がかつてこの国で生まれこの大陸で息をしていたことを、レテが思い出してくれる機会を一つでも増やしたかった」
 なんて幼い愛惜。身勝手な妄執。勇者と呼ばれたモノの成れの果て。
 星が降るように綺麗だ。
 拒まれても大丈夫。暗闇の中だって、今まで手探りで進んできた。たとえ光がなくたって、アイクは何とか曲がらずに生きていけるだろう。
 今度こそちゃんと微笑んだ。決別のために。
「最後に困らせてすまなかった。だが、ありがとう。あんたに出逢えて、よかった」
「お前は、そうやって――!」
 突如、レテに胸倉を掴まれた。初めてのことではなかったが面喰らった。見開かれたアイクの目を、レテは燃えるような紫で睨み上げてくる。
「そうやって、一方的に私の時計に傷をつけて、お前が死ぬ頃にひどいひびを入れるつもりか? お前はまだこの世に在るだろうか、それとも空へ還ったのかと、ずっと私の心を痛めつける気か? そんなこと――」
 レテはそこで言葉を飲み込んだ。けれどアイクにとって、この沈黙は苦痛ではなかった。
 あれほど惹かれた色が眼前にある。目を、逸らせない。出来ることなら、永遠に近い時を見つめていたい。
 やがてレテは、絞り出すような口調で続けた。
「……ガリアの戦士は辞めない。いつか必ずこの国に帰る。けれどお前の最期に見る色が、血の赤であってたまるものか」
 レテの細い腕が、アイクの外套をぐいと引く。飲み込まれそうなほど紫の瞳が近づく。激しい声が耳を衝く。
「私がお前を看取ってやる! 必ずガリアに連れ帰り、父親の隣で眠らせる! だから最期は……!」
「――ああ」
 ああ。繰り返して、アイクはレテの身体を抱いた。
 この息苦しさこそも愛しいなんて聞いたら、きっとあんたは呆れるだろう。
「約束する。あんたの色を見て死のう。俺がこの世で最期に目にするのは、あんたのその、夜明け色の橙と紫がいい」
 真実の永久を示す色。朝が来て、夕に暮れ、また目覚め続ける太陽と天の色。
 生きた証を遺したいなどと大それたことは願わないけれど、その色の中に在れるなら、俺もあんたの一部になれるだろうか。
「逆を約束してやれなくて、すまない」
「構わん。私はお前の色を見届けることを許された、唯一のテリウス人だからな」
 レテは身じろぎをして、アイクの襟元から腕を抜いた。回りきらぬ腕で懸命にアイクの胴を包んでくれる。
「海と空を見る度思い出す。『勇者』としてでなく、ただの男としての『アイク』がいたことを」
「そうか」
 アイクは間の抜けた答えを返した。レテは笑って、アイクの背中を強く叩いた。
「さしあたり、しばらくはまた隣に置け。邪魔にはならんさ」
「邪魔だなんて……思ったことがない」
「そうか?」
 通り一遍の恋人ならば、ここで口づけの一つも交わしたのかもしれない。
 けれど二人は、一歩ずつ離れ、視線を交わした。
 レテの体表には燐光。ならばアイクは構えるまでのこと。
「さぁ来い、アイク。旅立つ前に、その牙が鈍っていないか確かめてやる」
「ああ、望むところだ。行くぞ!」
 重なる影の速さも、かたちも、ひどく不器用で。不恰好で。とても恋人の甘さなどない。
 それでもアイクは、この月下の猫の色を、失くさないようにさらさらと胸に流し入れた。

 

【虹色】

 頭が痛い。昨日はリィレに慰められながら少し酒を飲んで、けれど二日酔いにはならないうちに切り上げたはずだ。
 また痛み。しかし鈍痛ではない。一瞬だけ、鋭くぴりつくのが何度か続いている。ライが耐えかねて目を覚ますと、リィレが傍に座っていた。その指先には、見覚えのありすぎる空色の毛。
「なにしてんの」
 ライが引きつった笑みで言うと、リィレは悪びれもせずに答えた。
「レテたちにお守り作ろうと思ってぇ」
 どこの世界も、髪が呪力を持つという説はあるものだ。ガリアも例外ではなく、リィレはライの髪を使って旅の守りを作ろうと思っていたらしい……それはいいのだが、机にある橙の髪は断面からして明らかに刃物で切ってあるのに、どうしてライだけが苦痛を伴う手段だったのかと問いたい。
 ライの批難がましい目に気付いているのかいないのか、それより、とリィレは話題を変える。
「早く仕度しないと間に合わないかも」
「そうだった!」
 ライは飛び起き、ぱっぱと手櫛で寝癖を直した。どうせ癖毛だが、本人の中では許せる部分と許せない部分があるのだ。他の身仕度も整えている間に、リィレのお守りも完成したようだ。二人で連れ立って部屋を出る。

 朝の冷たい空気の中、化身して走り、王宮の門に陣取った。
 どういう経路を取るにしろ、アイクたちは絶対にここを通るはずだ。
 ほどなく朝霧の中から、アイクとレテが歩み出てきた。予想通り、そして散歩でも行くように普段通りだ。ライはかえって安堵した。
「よっ。水臭いぜ、黙っていくなんて」
 ひょいと行く手を遮る。アイクは目を丸くしていたが、レテは呆れ顔だった。鋭い彼女のことだから気付いていたのだろう。
「リィレがどうしても餞別やりたいってさ」
 レテにウインクしてみせる。妹の気性を思い出したのか、ようやくレテも表情を崩した。
 逆にアイクは真面目な顔だ。
「傭兵団からの物資も全部断ったんだ、あんたたちからもらう訳には……」
「アンタにあげるもんなんて何もないわよ。はいレテっ、気をつけて行ってきてね!」
 リィレはアイクに舌を出して、レテの手に皮袋を押し付けた。
 ガリアの市を端から端まで回って揃えた旅仕度。
「薬草いっぱい入れといたからね! こっちがあたし特製の予備食と、お洋服と、それからそれから……あっ砂漠では熱に注意だよ! ガリアみたいに木が繁ってないんだから!」
「リィレ、あのな」
 レテが遮ろうとするのに、リィレは更に重ねる。
「それからそれから、えっと、それ、から……」
 けれどもう、言えることなんてないのだ。出てくるのはせいぜい涙と嗚咽だけで。
「レテ、ちゃんと帰ってきてね。ちゃんと元気に過ごしてね。あたし、ずっと、まってる」
「ああ、絶対帰って来る。絶対だ」
 レテは妹の頭を撫でて、力強く宣言した。ライはそれで満足した、気でいた。
 だからアイクに、ライ、と名を呼ばれても、おどけてごまかした。
「うん? オレとも感動の別れをしてくれるのかい?」
 アイクはライのおふざけには乗ってこなかった。
 思い出してみれば、彼を笑わせられたのは結局、自分を魚に例えてみた一回きりだ。
「俺は多分、帰って来られない」
「ま、そうだろうな」
 どうしようもない無力感は、ライからも軽口を奪った。
 男同士眉間にしわを寄せて黙りこくっていたって、それこそ仕方ないのに。
 こんな風に、何となく別れていくのかな。
 ライが漠然と考えていたとき、アイクの声が鮮やかにその靄を斬り裂いた。
「ただ、楽しかった。傭兵になって――エリンシアやお前たちと出会って、死ぬよりつらい目にも遭ってきたが、それでも俺はこの数年間が本当に楽しかった。たとえどこへ行っても、それだけは塗り替えられないはずだ」
 はっきりとした台詞は、決して大袈裟な口調ではなかったけれど、それがむしろライの知っている彼で。ああ、嘘ではないと、信じられた。
 茶化さない本当の笑顔で返す。
「オレたちに残された時間だって、竜ほどには長くない。それっぽっちじゃ、お前以上のヤツはきっと現れないさ。親友」
「そうか」
 アイクも、魚のときよりは明るく笑ってくれた。
 いつの間にか姉妹の別れの儀式も済んだらしい。ライは、ええと、と背中をかく。
「達者でな、っていうのも違うよな。こんなとき、なんて見送っていいのか分からないけど、そう」
 天を仰いだ。霧が晴れ始めて、朝陽が覗く。眩しくて目を細めたとき、ふっと言葉が降って来た。
「――幸せで。どうか二人共、幸せで。オレたちはそれだけをずっとここで、祈ってる」
 お前たちと命を懸けて守った世界を、今度はオレたちが、きっと繋いでいこう。
 この美しい色をした、オレたちの愛おしい世界を。
 アイクとレテは決然と頷いた。
「いろいろ世話になった、ライ」
「リィレ、ちゃんとライを支えてやってくれ。ライもリィレを甘やかし過ぎないように頼む」
 最後の最後もこれではライも苦笑するしかない。
 息災で、と当たり障りのない挨拶を残して、二人はいずこかへ消えていった。
「行っちゃったな」
「うん」
 リィレが近づいてくる。そっと伸ばされる手を手繰り寄せて、大切に握り締めた。
「オレたちも、頑張ろうな。あいつらが戻ってきたときに、ガッカリさせないように」
「うん」
 陽光は七色にきらめいている。胸の内の砂時計も、きっと美しい光に彩られているのだろう。

 

 

SIDE Story B

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