6話 Trickstir

トリックスタァ

 相模(さがみ)雅伸(まさのぶ)は透明な扉を押し開く。高葉ヶ丘の図書室は出入口がガラス張りだから、目的の人物がそこにいるのは分かっていた。
 入って右側にカウンター。雅伸は退屈そうに座っている図書委員長にノートを見せる。その女子生徒が世界史の教科書から顔を上げる。
「ちょっと。なんで相模くんがそれ持ってるの?」
「預かった。急いでたみたいだったから」
 雅伸は抑揚のない声で答えた。
 相模雅伸と金城(きんじょう)深春(みはる)は一昨年同級であったが、出席番号が近かったという以外に接点はなく、友人と呼べる間柄ではない。クラスが別になって以来、話をするのも初めてだ。
「金城さんさぁ」
「ねぇ名字で呼ばないでって、あたし大分前にも言ったよね」
「今そのことはどうでもいいんだ。後にしてもらえる?」
 雅伸は吐き捨て、ノートをカウンターに叩きつけた。高い丸椅子に座っている金城を睨みつけ、低い声で告げる。
「俺の後輩にちょっかい出すのはやめてくれ。もう、女に部を引っかき回されるのはごめんだ」
「何よそれ」
 金城は及び腰ながらも挑発的な視線で返す。
「別に迷惑かけてないでしょ。相模くんに関係ないじゃない。それ返してよ」
「最初からそのつもりで来たんだけど」
 雅伸は雑に手首を払った。ノートが滑っていき金城の目の前で止まる。
「テストのヤマなんかで、右も左も分からない一年釣ってるんだな。あんたがそんな悪趣味だとは思わなかった」
「そんなつもりじゃない。困ってたみたいだから、ちょっとでも役に立てばって思っただけよ。相模くんこそ、そんな意地の悪いものの見方する人だったんだ?」
「何とでも言えよ。侑志(ゆうし)みたいな純真な奴をたぶらして、よくもそんな――」
「ちょっと待った!」
 金城は頭を抱えて雅伸の台詞を遮った。特大の苦虫を噛み潰した顔で言う。
「なんか勘違いしてるでしょ、相模くん。あたしは新田(にった)少年なんかには全ッ然、興味ないから」
「は?」
 雅伸は半端に口を開いたまま停止する。金城は頬を膨らませて腕組みをした。
「あたしは縦でも横でも前でも、人より余計に幅があるヤツは好みじゃないの。平均万歳。新田少年みたいな伸び切ったのは対象外」
「じゃあ、何で侑志にノート」
「だから、それは……きょ、協力してもらおうと思って」
「買収ね。どっちにしろ感心はしないな」
 雅伸も腕を組んでカウンターに寄りかかった。
「まぁ相手が誰でも、俺は反対だから。そのつもりでいて」
「最初っから相模くんはアテにしてないけど」
 金城は聞こえよがしに嘆息して頬杖をついた。
「あなた、意外と野球部好きなんだね。もっと惰性でいるのかと思ってた」
森貞(もりさだ)といるのは惰性だよ。ただ後輩は大事だ。だから、もう余計な揉め事は起こしたくない」
 雅伸は淡白に要求を告げる。
「ってわけで金城さん、諦めてくれる?」
「いやです」
 金城は無表情で即答した。雅伸も言い募らず黙って金城の顔を見る。
 活気づいた図書室。入口で始まった冷戦には誰も気を払わない。
 梅雨前の日々は一見平和であった。