2話 2nd Player

セカンド・プレーヤー

 朔夜(さくや)との勝負の後、ほどなく練習は終わり、部員たちは片づけを始めた。
 侑志(ゆうし)はまだ右も左も分からないが、ともかくも突っ立っているわけにはいかない。一番近い少年に声をかける。
「手伝います」
 少年が振り返る。手に持った箱の中でボールが鳴る。見覚えのある黒々とした眉と涼しげな目許。
 侑志はぎこちなく笑みを浮かべた。
「あの、相模(さがみ)先輩ですよね? お久しぶりです」
「ああ、やっぱりあの侑志だよな。すごくデカくなってるから、違うかと思った」
 相模はあの頃と同じ、澄んだテノールボイスで笑った。侑志は表情を和らげて頬をかく。
 相模雅伸(まさのぶ)中学のとき野球部で世話になった、二つ上の先輩だ。会うのは三年ぶりになる。高葉ヶ丘に進学していたとは知らなかった。
「積もる話はあるけど先に片付けよう。そっち持ってくれ」
「あ、はい。どこに持ってくんすか」
「こっち。ついといで」
 大きな用具は公園から借りているが、ボールなどの細かいものは監督の車で学校から持ってきているそうだ。積み込みが済んだら、学校までランニングで帰る。先に着いた監督から用具を受け取り、部室にしまったところで練習は終わり。
「侑志は、今もお母さんとあの団地に住んでるのか?」
「いえ。去年の秋に、父が日本に帰ってきたんで」
「アメリカだっけ」
「はい、ロスです。この近所のマンション買って、中学卒業してから越してきました」
「相変わらず金持ちだな。俺はてっきり、高校も野球の強い名門私立に行かしてもらうんだと思ってたけど」
「いや、ウチの両親、高校までは公立派なんで」
 侑志は目を逸らした。こんな場所で事の顛末を説明したくはない。
 相模は苦笑して小首を傾げた。疑問ではなく了承の合図だ。相模は余計なところに踏み込んでこない。桜原(おうはら)のやるようにやたらな距離を取るのではなく、どこかしら見守るようなところがある。
 箱を運び終えると、相模はベンチまで行って誰かの荷物を取り、そっちも頼むと顎をしゃくった。侑志は慌てて誰かの鞄と自分のを持った。
「侑志は投手だったよな。内野に転向したんだったか」
「一応両方できます」
 侑志が隣を歩きながら答えると、それは助かるなと相模は目を細めた。
「投手は常に足りてないし、俺が引退すると内野が空いちゃうしな。複数のポジション入れるやつは大歓迎」
「ノブさ……相模先輩は、今もセカンドなんですか?」
「いいよノブさんで。ここでもそう呼ばれてる」
 道に出た。ここに置くぞ、と相模は部員に声をかけた。ざーす、と不鮮明な礼の言葉が返ってくる。侑志は誰の物かも分からない鞄を地面に置く勇気もなく、そのままそこに立っている。相模は、いいよそれ森貞(もりさだ)のだから捨てとけ、と本気とも冗談ともつかない口調で言った。
「俺はセカンドだけど。そうか、侑志は左利きだったな。さっきのは忘れてくれ」
 置きな、と相模は下を指差した。侑志はためらってから、なるべく汚れていなそうな所に鞄を置いた。相模はきびすを返して再びフェンスの中に入っていく。侑志も下を向いてついていく。
 自分の利き手を変えたいと思ったことはないが、こういうときはいつも申し訳ない気分になる。
 侑志は沈んだ声で本音を付け足した。
「ノブさんとまた野球できて嬉しいです」
「俺もだよ。あらためてよろしくな」
 相模も上辺で言ってはいないようなのが救いだった。
 学校に戻って着替えたら、授業だ。