文体練習(41~50)

『文体練習』レーモン・クノー 著・朝比奈浩治 訳
 バスの中で起こった出来事を99通りの文体で書いた本。

 この本の真似をして、(ほぼ)毎日一題文体の練習……というより実験をしていく企画です。

 

41 荘重体  2022/11/17

 水始涸、晦冥の色の衣服を身に纏いし少年が、時を刻むがごとき精確な歩幅で長々しきリノリウムの道を往ったのであった。
 その手が開きたるは進路指導室の扉、憂いを晴らし嚮後を照らさんとする光を得る為に、少年は粛として聖なる境界を越えたのだ。
 なんという勇気。なんという気高さ。大学案内は今や彼の意に従い頁を垂れる。
 新たなる少年が来りて声高に叫ぶ。
「おお、優等生よ! 疾く訪ね入りし我の先を往くとは!」
 新たなる少年は厳かなる手つきで過ぎ去りし寮試を開いた。元の少年は明け空色の双眸を風のごとく素早く走らせ問うた。「汝、官憲の犬となるか。」
 新たなる少年は愚問とばかりに応ずる。「ともに官員を目指そうぞ。」

【感想】
 多分あとで「読めない」って自分で言い出すと思うよ。
 後日の自分へ
  冷蔵庫に難読漢字があります
  レンジでググって食べてね 
           自分より

 

42 俗悪体  2022/11/18

 朝っぱらからよォ、のっぽの野郎が進路指導室に来やがってよ。背ばっかデカくて動きはウスロノで、散らかってんのをちんたら片してやがんだ。点数稼ぎかよ、なぁ?
 馬鹿みてぇに厚い本、座りゃあいいのに立ったまま読んでやがってよ。
 そっから、次に入って来たチビが優等生だなんだって難癖つけやがる。
 のっぽの野郎、すました顔して返事しやがって、男なら売られた喧嘩ぐらい買ってみろってんだ、なぁ?
 あげく将来の夢が先公とポリ公? ったく正気かよこいつら! けっ!!

【感想】
「6 びっくり」で微妙にやってた。先走ったな

 

43 尋問  2022/11/19

 ――新田侑志は、その日の朝どこにいたのかね?
 進路指導室です。この目で見ました。
 ――それは何時のことだ?
 八時頃だったと思います。
 ――進路指導室に他に生徒は?
 いませんでした。教諭も職員室にいたようで、部屋の仲は無人でした。
 ――新田侑志は進路指導室で一体何を?
 大学案内を読んでいました。受験のための下調べだと思います。
 ――何故家でやらなかったのだと思う?
 ええと、家には大学案内がなかったのかもしれません。
 ――本屋で簡単に買えるのに?
 学校にあるのに買わなくてもいいと思ったのではないでしょうか、それか、進路のことを考えているところを親に見られたくなかったのかも。
 ――話を戻そう。新田侑志が他にしていたことは?
 あっ、資料コーナーを片付けていました。大学案内を読み始める前に。
 ――読み始めた後に変わったことは?
 井沢徹平が来ました。
 ――新田侑志に会いに?
 いえ、たまたま来たら侑志がいたようで、嫌味っぽいことを言っていました。険悪というわけでもなさそうですが、仲良しというわけでもないようで……。

【感想】
 目撃者めちゃめちゃ自分から話すじゃん

 

44 コメディー  2022/11/23

  第一幕

   第一場

  (朝、高葉ヶ丘高校、三階廊下)

侑志 三年生のフロアは緊張するな。
   人の少ない朝のうちに用事を済ませてしまわないと。

  (侑志、階段をおりてくる。右に曲がって歩いていく)
  (ドアの前で立ち止まる)

侑志 進路指導室だ。誰もいないことを祈ろう

   第二場

   (進路指導室)

侑志 資料コーナーが散らかっている。
   軽くだけど片付けてしまおう。(資料コーナーのパンフレットなどを棚に戻す)
   (分厚い本を取る)大学案内だ。来年度買う予定だけれど、今のうちにざっくり見ておこう。

 第二幕

    第一場
  
    (同じ装置)
    (ドアが開き、井沢が姿を見せる)

井沢 よぉ優等生。今日も早いな。

    第二場

    (並んで立つ二人。井沢は警察官採用試験の過去問を見ている。)

侑志 (何気ない調子で)警察官を目指すのか?
井沢 果てはお互い公務員だな。

 第三幕

     第一場

 (五年後、壮花駅前)
 (侑志、腕時計を気にしながら立っている)

侑志 今日は高校の同期会だ。待ち合わせは俺が一番乗りか。
井沢 (上手から現れ)よぉ優等生。今日も一番か。
侑志 お疲れさま。警察の仕事は慣れたか。
井沢 まぁまぁだな。お前も公務員になったら苦労話でもしようか。

     第二場

 (さらに五年後、壮花駅前)
 (井沢が中央に立っている。眼鏡をかけた侑志が上手から歩いてくる。)

侑志 よぉおまわりさん。時間厳守で何よりだな。
井沢 先生こそ、遅刻厳禁の精神が染みついてるな。
侑志 仕方ない、お互い公務員だからな。

【感想】
 三幕構成にするほどエピソードがないんだわ
 脚本は書いたことがないので、形式を不安がっているうちに肝心の喜劇感をすっかり忘れていた

 

45 傍白  2022/11/24

 一人の男子生徒が進路指導室を訪れた。(おや、こんな時間に二年生とはめずらしいな)
 散らかった資料コーナーを片付けている。(若いのに感心だ)
 大学案内を取り(進路に迷っているのか。まぁここは進路指導室だ)、立ったまま読み始める。(机も椅子もあるのにな)
 別の男子生徒がやってきて(こいつも二年生だ。待ち合わせでもしているのか?)、軽口を叩く(お互い一瞬虚を衝かれたような顔をした。知り合いらしいが待ち合わせではなさそうだ)。
 新しい方の生徒は警察官採用試験の過去問を手にした(一応置いてあるだけなのに。悪ふざけ以外で見ようとするやつは数年ぶりだ)。
 二人は陰気に言葉を交わして黙った。(若者が朝から塞ぐなよ。元気出せ)

【感想】
 壁目線を書くのが板についてきたな。コンクリートだけど

 

46 音の反復  2022/11/25

 短針は八時を示し、進学校の進路指導室に単身姿を見せたのは長身の少年。
 神妙な顔をして神経質に資料を所定の場所に収納する。
 真剣に書見するのは、人生の新局面を左右する進学先を探す書物。
 森羅万象の真実に迫るかのように興味津々。
 新客の隔心に口唇(こうしん)を振動させる。
 猜疑心の強い新客も内心では少年を信用している。香辛料のようなぴりぴりしたあしらいも深層心理のシンパシーを秘匿するためなのだ。
 辛気臭く青写真を語った。心血注いで深刻でいたがるのも少年たちの蜃気楼じみた儚い特権だろう。

【感想】
 はい出た繰り返すやつ
 できるかぎり「しん」を入れるか「し」で韻を踏もうとしつつ、自分がなるべく好きな文章になるように努めてみた。

 

47 白日夢  2022/11/26

 一九八一年、高葉ヶ丘高校。
 自分よりも背の高い影がそばを横切った気配がして、新田総志は振り返った。
 想い人の髪に似た赤茶けた色の光。爪の先ぐらいの小さなそれは、廊下を折れて校舎の奥へ進んでいく。
 向こうには卒業生作品展示室という名の物置(要するに引き取り手の現れていない制作課題や文化部の成果物を一時保管する場所)しかないはずだ。
 あの光は一体何をしにいくのだろう。総志は眼鏡を学生服の裾で拭き、階段を引き返す。
 光は扉をすり抜け展示室に入っていった。総志も後に続く。ドアを開けるなり埃とカビのにおいが鼻を衝いた。
 光が留まっているのは卒業生の描いた稚拙な風景画の前。ツタの茂ったレンガ造りの建物、壁面に時計がかかっているということは学校だろうか。総志はしげしげと眺めるが、特に意味は見い出せない。
 やがて蒼白い光が入ってきた。両の光は一瞬鋭く輝き、すぐに薄らいで消えた。
 思わず伸ばした手にぬくもりのようなものが残った。
 何かを忘れている。何か大切なことを。総志は口を開きかけ、呼ぶべき名前を知らないことに気付いて途方に暮れた。

【感想】
 ありえなかったゆめ

 

48 哲学的  2022/11/27

 高校生とは時間的に限定された万能感、感傷的驕慢を含む存在である。
 高校生は外部にあっても効力を発揮しうる存在ではあるが、最も有意義かつ効果的に自己の権利を行使できるのはやはり、生徒としての証明をし得る唯一の学校が所有する敷地内において他にない。
 新田侑志が進路指導室を訪れた目的に、モラトリアムを延長せんとする無意識が関わっていないと断ずることは非常に困難である。同じ月齢でありながら選択ひとつで社会からの扱いが変わり得る、過渡的な境界人たる新田侑志が意識下でそのような語り尽くされた憂慮を抱くことは至極真っ当と言わざるを得ない。
 新田侑志は高校生としての普遍的全能感と個人的無力感の止揚によって教師を志望する。自己と類似した鬱屈に対するアンチテーゼを未来の価値と定める。
 井沢徹平が警察官を志望する理由は自傷行為、もしくはゆるやかな死を希求しているものという見解も決して否定され得ない。井沢徹平が社会的称賛を欲する背景には典型的オイディプス・コンプレックスとも言うべき父との確執があり、社会に対する強烈なアンティパシー・また相反するように根付いた神話的イデアへの恭順がある。

【感想】
 哲学って難しいよね よくわかんない
 哲学書を納得して読める人すごい

 

49 頓呼法  2022/11/29

 おお侑志、運命に翻弄される哀れな子羊、お前は自らの道を自らで選ぼうというのか。傷を負いながら誰かを救い続けたその左手で!
 朝の神聖なる空気よ、迷える若人の背を押す風となれ。荘厳なる朝陽よ、未来を照らし出す灯火となれ。
 そして願わくば苦難よ、彼のものの行く手からどうか去り給え!

【感想】
 調べても具体例があまり出てこなかったが、「語り手または作者が語りを休めて、そこに存在しない人物または抽象的な属性や概念に直接語りかける、感嘆の修辞技法のこと」らしい(Wikipediaより)。
 途中、イヴリーシュの召喚の呪文みたいになってしまったがそのままにしておいた。

 

50 下手糞  2022/12/01

 えーっと、何から書き始めたらいいんですかね。
 5W1Hだから、朝で、学校で、進路指導室を? 違うな、これは『どこで』か……。『なぜ』? 進路を指導されたい……から?
 とにかく侑志は進路指導室に行った、と。これでいいよね。
 もっとおしゃれに言った方がいいかな? それとも古めかしく?
 彼のもの、進路指導室に降りたてり……あっ、降りたつだと上から来たことになっちゃうのか。うーん。まぁいいや。みんなそこまで気にしないよね。
 えーっと、それで井沢が警察の本を……あれ? 先に部屋に入ってこなきゃいけないのか! まぁでも、しゃべってるってことは入ってきてるってことだって言わなくても分かるはずだし。
 なんだっけ? 情景描写ってやつ? してみたいな。
 壁があった。薄緑だった。天井は白くて、蛍光灯が光っていた。床は割と黒かった。
 うん、何があるかも書いたし色も書いたからばっちりだ。あー、名文を生み出してしまったな。

【感想】
 しまったな、じゃねんだわ

 

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