短編

白と青

「よろしくお願いします!」
 ひんやりとした三和土に、圧縮された熱気と蝉の濁り声がまとめて押し入ってくる。青人が一〇三号室の玄関先で大きく頭を下げる。
 今年中学生になったはずの甥は、正月に会ったときと全く変わらないように見えた。
「野球教えてほしいって具体的にどうしたいの」

スノッブの鏡像

わかるよ。気持ちいいもんな。
自分が選ぶ側だっていう錯覚の中にいるのも。徒党を組んで偉くなった気でいるのも。
安全圏からいつかの憂さを晴らすのも。劣等感を受け止めてくれそうな案山子を、知られる間もなく一方的に殴るのも。

春がもうひとつあったとて

「松原さんって誰?」
 桜原家のポストに入っていた、見知らぬ差出人からの手紙。心穏やかでない椎弥は皓汰を問い詰めるが、皓汰はどこか浮ついた様子で返事を書こうとしていた。
 ――皓汰はいつも自分を表現する言葉には不自由している。椎弥と共有できるかたちにはならないし、してもくれない――

理屈屋クッキング

エプロン姿の理奈は、雅伸の顔から視線を外そうとしなかった。
雅伸は妹を直視できず、間を隔てるテーブルに目を落としている。
理奈の好物である鶏の照り焼き……になる予定だった塊は、皿の白さを引き立てるほど真っ黒だ。
「見てやる、って言われて本当に見てるだけだとは思わないじゃない」

やさしくしたい

首吊り。ばらばら。串刺し。丸焦げ。
少女たちはいかにして死体となったか。
犯人探しも謎解きもない、乙女の秘密を紐とくだけの些細な物語。

留年旅行

マンションのエントランスにゴルフに行きそうなオッサンがいると思ったら彩人だった。
「おはよ、あっちゃん。今日も十八歳とは思えない格好してるね。またお父さんのクローゼットから勝手に服借りたの?」
「そういう慶ちゃんは今日もまるで小学生だな。その原色のセーター、レゴブロックみたいで似合ってるぞ」