プロジェクトセカイ

  • 標星

    病院の廊下は中学校の廊下よりも広く長く冴え渡っていた。
    一点の汚れも許さない冷たさに気後れしながら、一歌は財布を握りしめる。
    たった十数メートルを躊躇させるような潔癖な箱に、どうして咲希ばかり閉じ込められてしまうのかと考えるだけで俯きがちになる。

  • 今はまだ君だけのスター

    「咲希、起きたか。具合はどうだ?」
    あたたかくて少し乾いた指が、咲希の額にかかった髪を払っていく。
    ――なんでお兄ちゃんがアタシの部屋にいるんだろ。ぼんやりと瞬きをして、咲希は自分の握り締めたスマートフォンに視線をやる。

  • 霽月の一片

    買い物に行った帰り、穂波は妙な男を見かけた。
    見覚えのある背中をこちらに、彼は軒下で腕を頭上にかざしたり手のひらを空に向けたりしている。 ――司さん、何やってるんだろ。

  • アルペジオ

    ――なんだ、今日は誰もいないのか。志歩は軽く落胆して足を速める。
    すると、志歩の二倍は早足でピアノに向かっていく人影があった。
    彼は乱暴な手つきで椅子を引く。大股でどっかと座って両手を鍵盤に叩きつける。勢い任せの騒音は、一秒と待たず整った旋律になった。

  • 本日経由、昨日⇔明日

    寧々が神代家のチャイムを押したのは、ちょうど三日前の夜分遅くだった。
    手にしていたのはコンビニで発券したらしい何かのチケット。
    「狙ってた東京公演が秒で満席になっちゃって……!」

  • Nameless

    「ねぇルカ。私は誰だと思う?」
    問いかけると、ルカはベースの手入れを中断して私を見た。
    「いきなりどうしたの、ミク」
    「一歌が私のこと、『ミク』って呼ぶのがなんだかおかしいなと思って」

  • それは僕のかたちをしている

    冬が得意なわけではないが、冬の空気は割と好きだ。
    シブヤの公園。冬弥は黒い革の手袋でチェスターコートの袖を押さえ、腕時計の文字盤に目を落とす。
    「青柳くん、こんにちは」

  • Be your/Santa Claus

    12月25日、教室のセカイに現れた星乃一歌はパジャマ姿だった。
    前開きの上着にゆったりしたズボン、同じチェック柄の上下に身を包み、両手で胸元を抱いて黒板の前に立ち尽くしている。
    幼い子供のように頼りない格好。このセカイの存在にその表現を使う権利があるとすればだが――とても現実感がない。